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オバマケアは税法だった?(1)

Max Hata
去る6月28日に米国最高裁判所はオバマ政権のシグニチャー法と言えるAffordable Care Act(俗にオバマ政権によるヘルスケア法であることから「オバマケア」として知られている法律)は合憲であるという歴史的な判決を下した。オバマケアの中でも「連邦政府にはそんな権限ない」と訴えられていた「国民全員に医療保険加入するよう」義務付けた部分(でないとペナルティーが課せられる)はナント連邦政府には「税法」を制定する権利があるという意外な理由で憲法の下で与えられた連邦政府の権限内であるという判決となった。

オバマケアの行方に関しては国民全員に医療保険加入させる部分ばかりでなく、法律全体が違憲とされ全ての条項が無効となるShow-Downを予想する前評判が多かっただけに、オバマ政権にとってはさよなら逆転満塁ホームラン級のご褒美となり、逆に保守陣営にとっては信じられない逆転負けとなった、かのように見えた。しかし実際には事はそんなに簡単ではないのが今回の判決が「Intriguing」(日本語でいい表現がみつかりませんでした)なところだ。

今回の判決はその発表数ヶ月前から大きな注目を集めており、最高裁判所が休暇に入る最終日となる6月28日は朝早くから判決結果をいち早く報道しようというメディアの熱気ムンムンであった。しかも最高裁主席判事のRobertsが、一瞬、国民全員に医療保険加入を求める部分は違憲とも取れる論調でスピーチを始めたため、多くのメディアはフライングで「オバマケア違憲判決!」という速報を流してしまった。ホワイトハウスでこの速報を見たオバマ大統領は絶句していたと言う。

僕もたまたまミーティングからの帰りでNYのタイムススクエアの事務所に戻ったところだったが、42NDの交差点にある大きなフラッシュ電光掲示板には「違憲」というニュースが煌々と流れていた。予想していたとは言えやはり衝撃は大きく「ええ~やっぱり。アメリカどうなるんだろう…」と唖然とした。EY社内でも最初のBreaking Newsは「一部違憲!」という形で全社員にメールが流れたので、多くの者が「保険業界その他、これからどう対応するんだろう・・」的な反応を示したであろう。

ところが、保守系のオーディエンスおよび4人の保守系の最高裁判事が唖然とする中、Robertsは「医療保険に加入しない者に課されるペナルティーは税金の性格を持っており、連邦政府は税金を課す権限を持つことから、法律は合憲である」と読み進めたのであった。メディアでは当初のニュースの修正作業に追われ、ホワイトハウスも一転祝勝ムードに早変わりしたそうだ。

*キャスティングボートはナント主席Roberts本人

この判決のとても興味深い点は、大方の予想を裏切って、勝敗を分けたのは浮動票で常にキャスティングボートを握るKennedyではなく、保守派守護神その人である主席のRobertsであった点だ。Liberal派4人プラスRobertsによる主判決という異例のアライアンスとなった。日本に居るとその感動は理解し難いかもしれないが、Robertsのこの判断は歴史に残るマスターピースとなると言われている。

*二つのイデオロギーと最高裁判所の構成

アメリカの政治は二大政党に基づくものだ。もちろん、独立党の動きはたまにあるし、保守派の中でもより憲法に忠実で個人の権限を最重要視するLibertarianのような思想は二大政党政治の枠外と取り扱われてもおかしくない。しかし現実には保守の共和党とLiberalの民主党の二つのイデオロギーの戦いが続いている。民主党のクリントン、共和党のロムニーは各々の政党の考え方は基本的に踏襲しながらも中道路線を行くタイプなのに対し、ブッシュ(ジュニア)というかその裏のチェイニーとかはかなり右よりの保守となる。

なにが保守で、何がそうでないのか、という点は分かり難い部分もあるが、代表的な部分で行くと、銃規制反対、中絶反対、キリスト教に近い価値観、小さな政府で低税率、というところが保守の価値観だろうか。すなわちこれの反対がLiberalとなる。もちろん、国民一人一人は「政府は小さい方がいいけど、銃は反対」とか「銃は自分の身を守るために絶対自由に持ちたいけど、政府はできるだけのことをして国民の生活を守って欲しい」とか、全ての価値観に関して一方の政党と完全に共感しているとは限らない。また小さい政府と言っても、必ずしも全て個人任せという感覚(Libertarianはこれに近い)よりも、「連邦」政府の権限は限定しておいて、後は国民により近い存在である州政府に任せるという感覚が強いような気がする。

この辺りの詳しい話しは米国憲法論になるので全て網羅できないが、米国の法律を扱う上の基本中の基本は「連邦議会・政府は限定的権限」のみを持つという点だ。すなわち、州がDefaultであり、連邦憲法で明確に規定してある事柄のみ連邦議会・政府は管轄してよいことになる。憲法に規定されていないことを連邦議会が法制化した場合、それは違憲となり無効となる。この判断をするのは裁判所の役割だ。国全体で管理せざるを得ない国防、移民等の分野はもちろん連邦に委ねられているのだが、連邦議会は他にも多くの法律を通している。連邦議会が法律を制定する上で一番便利な憲法条項に「通商条項(Commerce Clause)」というのがある。これは州間で行われる通商に関しての法律は連邦議会で法律を制定してもよろしいというもので、Due Process条項と並んで広範な法律を制定できる拠り所となっている。例えば、州の法人税計算は、自州の者だけ有利に扱ってはいけないとか、配賦計算をしないといけないとか、また 物販に係る勧誘行為のみを州内で行う者に州は課税できないとか、諸々の法律を連邦議会は通商条項下で制定することができる。しかし、言い方次第で間接的にはほぼどんな法律でも州間の通商に関係するように結び付けることができるため、通商条項は連邦議会にとって便利な条項となる。銃規制とかまでも通商条項に基づいて行おうとしたりすることになる。

連邦議会の権限が大きくなればなるほど連邦は「大きな政府」となる。これは保守派の嫌うところであり、連邦政府の権限拡大は個人の自由を制限すると受け取られる。そこで機会があれば通常条項の利用にも歯止めを掛けたいと願う。また、Roe v. Wadeで示された連邦による中絶容認(一定の期間まで)判決は、保守派から見ると本来、連邦議会・政府の出る幕でない分野に連邦が首を突っ込んでいるという見方となる。今でも大統領選挙で大きな議論となるのは、候補者がRoe v. Wade判決をどう思うかという点だ。CBSニュースのKatie Couricとのインタビューで重要な最高裁判所の判例を挙げることができなくて恥をかいた(読んでる新聞の名前を一つも挙げられなかったのもショッキングだったが)あのサラ・ペーリンでもRoe v. Wadeは知っていた。

連邦の法律が違憲かどうかは独立した司法権を持つ裁判所(究極的には最高裁判所)が下すのだが、最高裁判事を指名するのは欠員が発生した時点の大統領(議会の承認は必要)となる。したがって指名が必要となった時の大統領が共和党なのか、民主党なのかで指名される判事の持つイデオロギーは極端に異なる。現状の最高裁判所は共和党大統領に指名された保守派が5人(Roberts、Scalia、Thomas、Alito、Kennedy)と民主党大統領に指名されたLiberal派が4人(Ginsburg、Breyer、Sotomayer、Kagan)となる。ただしKennedyはレーガン大統領に指名された割にはバリバリの保守という感じではなく、彼の下す判断には強いイデオロギーは感じられない。一方、Scaliaなんかはイデオロギーの塊のような人だ。この陣容から分かる通り、今の最高裁判所は保守派有利であり、それだけに、大きな政府の象徴で個人の権限を侵すとも取れるオバマケアの違憲判決には保守派が大きく期待するところであった。判事の構成からも前評判は「おそらく違憲だろう・・・」というものであった。5人の保守派判事が民主党政権のシグニチャー法を一刀両断(!)という世紀末的なシナリオがまさに現実になろうとしていたのだ。

このように、米国の国としての方向、価値観を決める上で最高裁判事の構成は極めて重要だ。また最高裁判所ばかりでなく米国全土の裁判所にどのようなイデオロギーを持つ裁判官がいるかで国民の生活は大きな影響を受ける。大統領選挙とか県議員の選挙に比べて一般的に興味が低いと言える裁判官の信任投票は実はとても大切なプロセスだ。どのような裁判官を法廷に送り込むかという点にフォーカスして活動している団体もあるらしい。この辺りはJohn Grishamの小説「Appeal」に生々しく描かれているので興味があれば読んでみると面白いだろう。長くなってきたので今回の判決そのものに関しては次回のポスティングで触れたい。

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