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自閉症児育児、備忘録 ~その1

まだ帰ってきて、1年と少しですが、ここまでの自閉症育児に関する制度に沿いやってきたことを、備忘録的にまとめてみます。
州の法律、保険のポリシー、学区の対応、障害のタイプや程度などなど、条件によって、やり方も、受けられるものも、かなり違いますので、あくまでも我が家のケースとして、読んでください。

うちの地域ではこうです!とか、これもできるはずですよ~!とか、そういう情報、大歓迎です。
長くなりますが、この記録が、多少でも他の方の参考になればと思います。

さて。
まずうちの子たちのことなんですが、現在、自閉症(中程度と言われている)の長男は5歳になったところ、次男は3歳になったところです。

長男は、顔立ち、身体能力はごく普通に見えるのですが、2分くらい見ていると、??とみんな思う子です。友達はいません。他の子と遊んだり、おもちゃで遊ぶことも滅多にしません。
空中に何かずっと書きながら、グルグルと歩き回ります。それだけならいいのですが、ハイパーアクティブになってしまったり、えらいTantrumを起こしてしまったり、しょっちゅうあります。

たいていは、数字を書いているようです。計算は合っているときと合っていないときがあります。よく聞いていると、倍数や数列や何かの順番の時もあります。教えたわけではなく、2歳くらいからこうです。2歳になる前に、あいうえおもABCも全部書いていたのに、今はまず見ません。英語も結構読んでいました。
だからと言って、後退して消えてしまったわけではなさそうなんですよね。
時々、ふと書きますから。。。
言葉もすごく知っているはずなのですが、頭から引き出せないようです。なので、質問しても10秒くらい待って、やっと1、2語出てくる感じです。何も出てこなくて、そのままになってしまうことの方が多いです。
そんななので、まだオムツです。まだストローラーに乗ります。(キシキシ言わせて。)

アメリカはまだ自閉症に対する認識が広まっているのでいいですが、こういう子を連れて日本で暮らすのは結構辛かったです。バカ親扱いされたりしますからね。


次男の方は、定型の発達です。しっかりした優しい子に育っています。よく褒められます。
なので、躾のできないバカ親でない自信あります!(一時はなかった。笑)


マサチューセッツに帰ってきたのは、去年の2月。
夫の実家に住まわせてもらいながら、すぐさま地元の公立学校に入れるための手続きと、必要な予防接種を開始しました。

ここで重要なのは、日本にいる時に、"Autism"のdiagnosisをもらって、英語の書面を頂いたことです。なんとこれ1枚で、グリーンカードの発行も早まりましたし、プレスクールのSPEDクラス入学も、すんなり行きました。予防接種に関しては、日本と内容もスケジュールも違うので、渡米前に調べて、時間のかかりそうなHep Bなどは、日本で取り寄せて早めに打っておきました。
母子手帳の内容も英訳して、予防接種はエクセルで表にし、アメリカのと照らし合わせやすいようにして、小児科に持って行ったら、喜ばれました。

3月にはもう学校に通い始めました。評判はまあごく普通の田舎の学校です。森の中で周りにはターキーファームとかしかありません。笑
スクールバスの送迎、週4日、オールデイのプログラムになりました。
金曜日は、2時間、ABAという応用行動分析という療法のできる方が来てくれることになりました。

日本では、しかも豊かな東京の23区内の話ですが、与えられたのは、週に1回、たったの1時間のグループセラピー。ぜんぜんタイプの違う障害の子も一緒。
送迎もなく、次男をオンブ、長男をベビーカーで、白い眼で見られながら地下鉄に乗って、さらに駅から徒歩10分。
日本は、小学校になれば、少し整うようですけれど、そこまではほとんど何も無いんです。また、アメリカのように医学的に効果が証明されている手法に基づき、資格制度が整っている感じではなくて、民間療法っぽいのばっかりなんですよね。。。もちろん保険は使えません。これだけ早期療育が重要と言われながら、これが現状です。

保健所や療育センターに相談しながら、我が家はどうにか普通の保育園の障害児枠に入れてもらいました。ルールのある規則だだしい環境で、他の人たちと過ごすことが彼の助けになると考えられたためです。

待機児童も多い東京ですから、事情を知らない他のお母さんに、なんで働いていないのに、お宅の息子さん保育園にいるの?、なんて聞かれたことありましたから、きっとカゲで色々言われていたと思います。

というわけで、日本で1年、我慢の生活をして、ようやくアメリカの制度に組み込まれたときは、涙が出ました。

でもまだまだ、戦いはこれからでした~。笑

つづく。