ブログ

こんなに感動すると思わなかった大統領選


今日、2008年11月4日の民主党のオバマ候補と共和党のマッケイン候補の決着の日、6時に娘を学校に迎えにいくことも忘れ(本当に)TVに釘付けとなった。


結果はご存知のようにオバマの圧勝で終わった。TVで流される、全国各地のサポーターたちは老いも若きも感激の涙を流して抱き合い叫んでいる。
街中が "Yes, we can!" " Yes, we can!" を何度も繰り返している。

かつての黒人リーダーのジェシージャクソンはあふれる涙を抑えようともせず、言葉もなく呆然と立っている。オバマは彼の夢を今、実現したのだ。

私も感激してしまった。アメリカに住んで20年以上なり、ニクソン、フォード、カーター、レーガン、クリントン(ブッシュは論外)の大統領選を見てきたが、こんな風にアメリカ国民を一つにしたことはなかった。オバマの演説はケネディを彷彿させると、中年以上の国民はよく表現するが、本当にインスパイアさせられてしまう。一緒にTVを見ていた3人の娘もオバマの勝利演説を聞いた後は皆で拍手をしていましたよ。まさにアメリカの歴史が動いた瞬間だと感じました。

オバマのルーツである、ケニアは11月4日をナショナルホリデーとしたように、その感動はアメリカだけでなく世界中にいる黒人と白人以外の人種に確実に「希望」を与えた瞬間でした。

そう、まさに今日はアメリカ人に"HOPE"があるのだというメッセージを与えてくれました。

また、マッケインの敗北宣言も悔しさを押さえながらも、やはり最後はベテラン軍人らしくハキハキとして、勝者を称えた姿も素晴らしかった。
まさにこれがアメリカの素晴らしさです。絶対に日本にはない感動だし、日本でいくらニュースを見ても伝わらないと思います。世界中の人々が世の中が変わるという感激の涙にあふれているときに、日本では小浜市が手を挙げて別の次元で喜んでいました。

こういうドラマを見せられるたびに、何故日本の政治もこういう風にオープンポリシーでできないのだろう?何故、「OO首相」からはリーダーの資質を誰一人から感じられないのだろう?と考えてしまう。日本ってリーダーそのものを求めていないのだよね。「希望」を与えるべきリーダーがいなくて、意見のまとめ役が首相になる国だから、今日のように政治リーダーの演説に酔いしれ、涙があふれ、抱き合うことがないのです。
日本の政治が変われるのはあと何年必要なのだろう?