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日米租税条約改正は一体いつ発効?

日米租税条約改正は一体いつ発効? 2013年1月のポスティング「日米租税条約8年ぶりに改正」で触れたように日米租税条約は両国が議定書にサインをして改正が合意されて久しい。ところが、この議定書、2013年1月24日にサインこそされたものの、米国側の批准手続きが完了しておらず、ナンと未だに効力がない。2013年1月と言えば3年以上も前の話しなので、尋常ではない。言い方は悪いかもしれないけど、日本的に考えれば両国がサインして合意した条約改定の批准など、単なる手続き、すなわちラバースランプ的な感覚があり、その意味で、とっくに改正が発効していると勘違いされている方がいても不思議はない。または逆に議定書の存在自体が忘れ去れているイメージもある。

改定のうち特に、「支払利息の源泉税ゼロ%化」と「移転価格の更正に対する両国間のArbitration(仲裁規定)」の導入は待ち望んでいた納税者も多いだろう。租税条約改正という一見無害というか地味と言うかの合意に対する米国の批准手続きがここまで滞っているのはなぜだろうか?実は、これは米国には「租税条約キラー」の上院議員が一人存在することに帰する。その話しを理解するため、というかその前に、まず米国の条約の位置づけを簡単におさらいしてみたい。

今更だけど、米国はFederalism(連邦制)に基づく統治形態を敷いているので、連邦政府と州政府の双方が主権国家的な存在となっている。となると双方の政府で制定される法律の相対的な力関係を規定しておかないと運営不可能となる。そこで、米国の連邦憲法には「Supremacy Clause」、 最高法規条項とでも訳されるのだろうか、が規定されており、連邦に法律を規定する権限がある場合、連邦法は州法より優先とされる。いわゆる「Preemption」のことだけど、ここでいう「連邦法」には憲法に基づいて制定される連邦法と並び「条約」が含まれている。

Federalismを理解する上で重要なポイントは、連邦政府は憲法で定められた限定的なパワーのみを持つ一方、州は通常の国同様に一般福祉を含む全ての権限を持っている点だろう。したがって州は、Freedom of SpeechとかEqual ProtectionとかのBill of Rightsに抵触しない限り、好きな法律を制定することができる一方、連邦は憲法で認められる分野、例えば移民分野とか州間の通商であるInterstate Commerceとか、憲法で名言されている分野でのみ法律を制定することができる。一旦、連邦が法律制定の権限を持つと認められると、連邦法と矛盾する州法は無効となる。米国憲法を200年以上も前にドラフトした賢者達は歴史の過ちから、連邦政府が巨大となったり、官僚的に成り過ぎて機能不全となる可能性を恐れ、予め釘を刺していたことになる。

この、連邦政府の権限がどこまで及ぶのかという点は米国のポリティクスを理解するのに最重要ポイントのひとつで、一般に共和党は小さく、民主党は大きく、という方向となる。州、市民等が「そんなことは連邦に言われる筋合いはない」すなわち「憲法で規定される連邦政府の権限を逸脱している」とする訴訟が持ち込まれることは数多い。クラシックな例としては大統領選挙の際に必ず候補者がリトマス試験的に指示するかどうか質問される「Roe v. Wade」がある。その質問の趣旨は、必ずしも中絶そのものを良しとするかどうかということではなく(そのように報道されることがほとんどだし、実際そのようなイデオロギー的な側面も強いけど)、テクニカルな面では、州が自州の住民の意思として決定することを、連邦政府がどこまでどのような憲法で与えられた権限をもって抑制、制御する権利があるのかという憲法解釈となる。

オバマケアにかかわる最高裁判所での判断もまさにその点だ。、憲法上、一般社会福祉的な法律を制定する権限は連邦政府にはなく、ここは典型的な州政府の領域であるにもかかわらず、このような法律を制定してしまったことに対するチャレンジだ。すなわち、国民みんなが医療保険に加入する方がいいかどうか、という判断と言うよりは、そのようなことに庶民に近い州政府が決めればいいことで、連邦政府が手を出していいのかどうか、という疑問・検討となる。この点は2012年1月にポスティングした「オバマケアは税法だった?」を参照して欲しい。最高裁判所は苦し紛れにオバマケアは「税法でした」と位置づけ、となると連邦政府はもちろん連邦税を規定する権限を今日では持っているので、オバマケアも合憲となった。Casting Voteを握った最高裁判所主席判事のRobertsはRehnquistの後を継ぎとしてブッシュ(ジュニア)政権が任命した保守派と見られていただけに、共和党は判決に大きなショックを受けたのは間違いない。憲法を厳正に解釈し続けた知の巨匠Scaliaも今年亡くなってしまったし。Rehnquist率いる最高裁判所時代には「Lopez」というLandmarkケースで連邦政府が何でもかんでもCommerce Clauseに託けて法律を制定する姿勢に一矢報いている。最近話題になっているTransgenderの人が男女どちらのバスルームを使用するか、という点に連邦政府が口を出し、既に11州が越権行為として訴訟を起こしているニュースは皆さんも耳にしているんではないでしょうか。

と、憲法論で余り興奮し過ぎないうちに(と言うかもう十分に興奮し過ぎたので?)、条約に話しを戻すと、連邦法として条文法と条約が併記されていることは、いくつかの必然的な結果をもたらす。条約の締結には、三権分立の行政に属する大統領に権限が与えられており、プラスで立法機関の一部である上院の批准が必要とされている。通常の法律は上院と下院の双方を通過しないといけいないことから、そのような法律と同列のパワーを持つ条約が上院のみの批准でOkというのは、下院から見ると自分たちを手を通らないにもかかわらず、条文と同じパワーを持つ法律が制定されてしまうことを意味する。当然、下院からすると面白いことではない。

さらに、条文と条約の双方が「Supreme Law of the Land」として同等のパワーを持って君臨しているとすると、2つの法律の規定が相反する場合にどちらに軍配が上がるか、という単純な問題が発生する。普通に考えたら、外国と約束して、税法的には内国法よりも有利にするのが条約なので、条約が勝つものと思う人も多いのではないだろうか。実際に税法の話しをしているとそのように考えている人に出会うことがある。税法(Internal Revenue Code)と租税条約が並列にある点はわざわざSection 7852(d)にもその旨が規定されている。では、引き分けで終るのか、というとそうではなく米国では「Later in Time(後法優先)」すなわち後に出来た方が優先というのが基本的な考え方だ。

この条約、二国間で合意されると上院の批准が必要となる。さて、どうしてこの批准が3年経っても完了しないかは次回。