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Mega-Millionsの宴のあと

先週のアメリカは、史上最大の賞金$640ミリオンを出すロッテリー(宝くじ)、Mega-Millionsの話題で持ちきりだった。

これはチケット1枚ごとに2桁の数を6組選ぶというゲームで、選んだ数の組み合わせ一式が当たる確率は約176ミリオン分の1。もし複数の当たりがでれば、賞金は分割される。諸条件を考慮すると、1枚$1のチケットの賞金期待値は70セント以下という話で(これも諸説あるが、説明はこちら)、投資としては見合わない。でも、「もし当たったら賞品をどう使おう」と夢を楽しむ人、付き合いや話のタネに買った人が大勢出て、最終的には$1.5ビリオン相当のチケットが売れたらしい。

行動経済学よると、人は0に近い非常に低い確率を過大評価(もっと高いものとの感じる)する傾向があるらしく、多くの人がロッテリーを買うのはそのせいもあるのだろう(1に近い確率は逆に過小評価するらしい)。

今読んでいるYour Money, Your Brainという本の中で、人間は報酬を受けとって喜ぶだけでなく、報酬を期待・予期(Anticipate)している時点ですでに脳に「喜び」シグナルが送られてしまうといったことを、神経経済学の研究者が説明していた。「もし$640ミリオンが当たったら!」という期待からくる「喜び」シグナルに圧倒されている脳に、脳の冷静な思考を司る部分が「でも、当たる確率は・・・」「期待値は・・・」なんて情報を遅ればせに送ってもインパクトは薄いらしい。確かに$640ミリオンの賞金について考えている間は、当たる確率が176ミリオン分の1でも、900ミリオン分の1でもあまりたいした差は無いように感じられる。

なんにせよ、巨額の賞金と僅かな確率という組み合わせは、人間の脳に妙なトリックを引き起こすようだ。

宝くじに当たってはめを外したり、破産・破滅した人の逸話はよく聞く。追跡調査によると(といってもたいして科学的じゃなさそうだけど)、 そういう人は一部で、 宝くじに当たった後も幸せに暮らしている人も多いらしい。宝くじで人生を駄目にした人の逸話は、「宝くじの夢に酔うのもほどほどに」といった教訓を込めて語られたり、宝くじを買わない人・買っても当たらなかった人が「これでよかっんだ」と自己肯定・合理化する意味もあるのかもしれない。

(ただ、精神状態にしろ、人間関係にしろ、金遣いの荒さにしろ、その人が元々抱えていた問題が、宝くじを当ててしまったことにより、より強調されて出てきてしまうといった逸話はあるようだ。)

人の幸福度は宝くじに当たった当初はぐんと高くなるものの、2,3ヶ月が過ぎると宝くじを当て以前と同じレベルの幸福度レベルに戻ってしまうという研究の話もあった。多額のお金を得る過程の高揚感と、実際にお金を手に入れてそれに慣れてしまった後の精神状態は違うということなのだろう。これもなんとなく分かる気がする。

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