確定申告の季節になり、アメリカでの申告(本格)デビューを果たすべく奮闘中。たださえ「敵地」でわからないことだらけのうえに、日本と比べてもえらく税制が複雑で、調べたり人(専門家を含む)に聞いたりして、ようやく仕組みがわかってきた。ということで、自分の理解を整理するために、日本の場合と比較して、税負担がどの程度で、名目の給料に対して手取りがどの程度になるのかを計算してみた(3/17追記: 州税の計算式を一部間違えていたので訂正)。
いろいろ書いているが、要点としてはこんなところ:
- アメリカの税制は複雑怪奇(日本の場合、大抵は申告すらしなくても大体最適化されている)
- かつ、一般的に日本よりも負担が重い(同じ収入だとして手取りで1割くらいの差が出る)
- 住むのがシリコンバレーだとすると、生活費の負担も重い(別エントリ参照)ので、日本の給料に対して最低3割増し、できれば5割増しくらいの給料がないと同じ水準の生活は厳しそう
日本の税金
まず日本の場合。単身(扶養家族なし)の会社員で、名目の給与が1000万円/年、社会保険(健康保険+年金)の保険料率(会社員の場合、保険組合などごとに異なる)が9%というケースで考える。さらに、預金が1000万円あり、その利子を(課税前)年利1%で得ているとする。人によっては住宅ローンとか高額医療費とかの控除項目もあるだけろうけど、簡略化のためその辺はなしと仮定。
給与の課税相当額は以下のようになる。
課税対象所得 = 給与 - 給与所得控除 - 社会保険控除 - 基礎控除 = 1000 - 220 - 90 - 38 (万円) = 652万円
給与所得控除は国税庁のページの計算表で計算する。社会保険控除の額は上の仮定から。基礎控除は定額。
これにかかる税金を所得税の税率にしたがって計算すると、87万6500円。
さらに、住民税(10% + 4000円、地域によってはこれに若干の上乗せがあるが、ここでは上乗せなしと仮定)が65万6000円。なお余談ながら、住民税は例外的な上乗せだけじゃなくて税率自体が市や県によって大きく違うという誤解が結構あるようだが、実際は定率である。
一方、預金の利子は、課税前で10万円。これに国・住民税あわせて20%が源泉徴収されて2万円引きになる。
天引きされて自分では使えない社会保険分を考えると、結局手取額は
給与 + 利子 - 所得税 - 住民税 - 利子の税金 - 社会保険 = 1000 + 10 - 87.65 - 65.6 - 2 - 90 (万円) = 764万7500円
ということで、3/4強の手取りが得られることになる。
アメリカの税金
次にアメリカの場合。モデルは上の日本のケースとほぼ同様とし、現在のレートでほぼ同額の10万ドルの(名目)給与があり、さらに銀行預金で1000ドルの課税前利子を得ているとする。なお、United Statesというくらいで、(日本と違い)地方税は州によって異なる。ここではCaliforniaの場合で考える。
アメリカの場合、なにしろ制度が複雑なので、計算も一筋縄ではいかない。まず、給与から天引きされる項目を列挙する。
- Social Security Tax(年金保険料に相当)。給与の6.2%なので、このモデルの例では$6200
- Medicare(高齢者医療保険料)。給与の1.45%。このモデルの例では$1450
- 401(k)の個人年金拠出分。2008年は最大$15500
- 健康保険の自己負担分。これは個人差が激しそう。自分の例を流用して、ここでは$900と仮定する。
- Flexible Spending Accounts(FSA)の拠出(天引き)分。FSAは、いわば医療費控除の個人版みたいなもので、あらかじめ申告した額を給料から天引きし医療費の足しにするというもの。詳しくはFI Planningの解説を参照。これも、使うかどうかも含めて個人差が激しいと思うが、まず$1000拠出したと仮定する(医療費が高いので、このくらい使う人は多いだろう)。
(他にもあると思うけど、自分自身で利用してないのでここでは考えない)
以上のうち、最初の二つは課税対象所得となる(社会保険控除がある日本とは異なっている)。残りは非課税(厳密には401(k)はちょっと違うが、それは後述)になる。まずはoptionalな部分も含めて節税対策をフル活用したとすると、課税対象の給与所得は
名目給与 - 401(k)拠出分 - 健康保険自己負担 - FSA拠出分 = 100000 - 15500 - 900 - 1000 = $82600
次に利子所得(ここでは$1000)について。アメリカの場合、利子は給与その他の所得と合算されて総合課税される(分離して源泉徴収される日本とは違う)ので、これを加えた額がここでの基本となる課税対象所得(AGI: adjusted gross incomeと呼ぶ)。
AGI = (課税)給与所得 + 利子所得 = 82600 + 1000 = $83600
ここでCaliforniaの州税を計算する必要がある。これは、州税として払った額を連邦税での控除対象にできるため。なお、実際の申告では、W-2という源泉徴収票に天引き済みの州税額が記載されているのでこういう計算をする必要はない。また、実際に控除できるのは申告する対象の年に天引きされていた州税分のみ。確定申告の結果追加で払うことになった税額の控除は翌年になる(州税の還付があった場合は翌年には所得とみなされる。IRSおそるべし…)。したがって、ここでの思考実験で計算する額と実際に控除できる額には開きが生じるのが普通。ちなみに、日本の場合は地方税は国税の控除対象ではない。ここも日米の税制における違いの一つ。
州税の対象額は、AGIを元に以下のように計算される。
課税対象額 = AGI - 標準控除 = 83600 - 3692 = $79908
(個別に控除できる項目があったりすると変わってくるが、ここは単純な例で考えている)
この額に対してCalifornia Tax Rates and Exemptionsのページにしたがって計算すると、
$2071.76 + $47055を超える部分の9.3% - 人的控除($99) = $5018.88
州税が求まったところで連邦税の計算に戻る。先に求めたAGIから、さらにいくつかの控除項目が適用される。控除には大きく分けて二つあり、
- 項目別控除(itemized deduction): 高額の医療費、寄付金、州税など、控除できる支出を個別に積み上げたものの合計
- 標準控除(Standard Deduction): 具体的な支出と関係なく控除できる金額。ここのモデルの例だと、2008年では$5450
項目別控除と標準控除はどちらか一方(普通は額の大きい方)の選択になる。先に州税を計算したのは、項目別控除額が標準控除を上回るかどうかを調べるため。ここでは標準控除額の方が大きく、他に控除できる項目はないという仮定(実際、大抵の控除項目には所得に対する比率の下限があり、10万ドルの給与がある人が請求できる控除項目はかなり限られている)なので、結局標準控除を選択することになる。
これに加えて、誰でも控除可能な人的控除(personal exemption、日本の場合の基礎控除と扶養控除をあわせたようなもの?)があり、ここの例の場合では$3500。
以上を差し引いて課税対象額が決まる。
課税対象額 = AGI - 標準or項目別控除 - 人的控除 = 83600 - 5450 - 3500 = $74650
この額に対して、IRSの申告手引き(Form 1040 Instruction)にある税率表を使って税金を求めると、$15013。
したがって、手取額は
給与 + 利子 - 天引き額 - 連邦税 - 州税 = 100000 + 1000 - (6200 + 1450 + 15500 + 900 + 1000) - 15013 - 5117.88 = $55819.12
ただし、天引きされている額のうち、401(k)とFSAの拠出分は一応自分で使えるお金なので、それを手取りの一部と考えれば、
実質手取額 = 55819.12 + 15500 + 1000 = $72319.12
日本の場合は上記の通り手取額764万円だったので、一応、(為替を$1=100円と考えると)それほど差はないようにも見える。しかし、さらに突っ込んで考えるといろいろ落とし穴がある。
- 上の例ではいろいろ頑張って節税したと仮定している(具体的には401(k)とFSA)。これ抜きで計算し直すと、連邦税 $19185、州税 $6563となり、一気に$5000強も税負担が増す(ちなみに、州税が標準控除額を上回っているので、項目別控除を適用することになる)。手取り額もその分減るということになる。一方、日本のケースでは節税の工夫どころか確定申告も不要。日本の会社員が税金的にはいかに優遇されているかがわかる(知らしめずに支配しているという説もあるが)
- 上では401(k)拠出分を単純に控除されたかのようにして計算したが、実際には課税が繰り延べられているだけで、401(k)口座から引き出した時点で所得として課税される(このあたりのことは以前詳しく検討した)。課税されるのは基本的に引退後なので、多少低い税率が適用されるとしても、たとえば25%だとすると$3875の税負担が残っていることになる。繰り延べられている間上手に運用して複利効果を活かさなければ節税の意味もないということになってしまう。
- FSAは、節税的には確かに役に立つが、年初に決めた拠出額を実際の支出が下回っても払い戻しがないというリスクがある。日本だと、10万円超から医療費控除が効くので、医療費が高かった場合の節税についても事後で済む。それに、FSAが節税効果として有効なくらい医療費が高い($1000くらいは簡単に超える)ことの方がそもそも問題というべきだろう。
401(k)の繰り延べ課税効果を実質税率10%(根拠はないけど)と仮定すると、同じ給料でも大体7.3%ほど手取りが少ないことになる。さらに、「家計レビュー」のところで計算したように、アメリカ(というかシリコンバレー)暮らしはコスト高。なかなか単純な比較は難しいが、自分自身の過去の出費と比較してみると、ざっくり25%くらいは余分に必要という感じ。以上を合わせて考えると、同じような生活レベルを維持するなら、日本の給料の30%増しくらいはもらっていないと実質的には損だと言えそう。昇給が少なく、クビにもなりやすいという分のプレミアムも考慮すると5割増しくらいでないと泣きをみるような気がする(まあ、どこで働くかというのはお金の問題だけではないが)。
日米の税制の比較(まとめ)
以下は日米の(所得)税制を比較して感じたことのまとめ。
- 日本の会社員の場合、やはり給与所得控除が強力。普通の中流階級の給料なら、大体2割以上は何もしなくても控除されるので。アメリカだと401(k)にフル拠出しても10万ドルの場合で1.5割程度だし(しかも厳密には「控除」ではない)、その他に大口の控除対象はほとんど見当たらない。
- アメリカの場合、利子とか配当が総合課税されるのも痛い(おまけに計算もめんどくさい)。たとえば利子は、給与10万ドルのケースだとすると連邦税は税率25%で課税され、これに州税もかかるので、Californiaの場合で合計34.3%も税金で取られることになる。日本の場合は源泉徴収の分離課税で国・地方税あわせて20%。こういう収入が多ければ多いほど日米の負担の差も広がることになる。なお、配当金については長期保有であれば”qualified dividend”扱いになり、連邦税は優遇税率(15%)になる。ただし、それでも州税はそのままかかるので合計25%ほど取られるし、優遇税率自体がBush減税の効果なので、Obamaになって撤廃という噂もある…。日本もいまは優遇期間なので国・地方あわせて10%のみ。優遇期間が終わっても20%なのでまだアメリカより安い。
- 全般に、アメリカの場合税金を計算するところでいろんな選択肢が多くて計算や節税対策がとっても面倒(州税で控除するかどうか、FSAを使うか、401(k)に拠出するか、など)。
- 今回の例には出てこないが、アメリカの場合、株式などの売却損(capital loss)のうち一定額は通常の所得税部分の控除対象にできる。控除可能項目が少ないだけにこれはちょっと嬉しい(損が出れば、の話だけど)。日本だと売却益・損は完全分離課税なので、売却益と相殺することしかできない。
- アメリカの場合、とくに控除が少ないだけにsocial securityとmedicareの天引き分が課税所得として加算されているのも痛い。将来自分がもらうお金・サービスで、そのときには課税されない(といってもこれにも例外がある…)から、 という理屈なのかもしれないが、social securityはまだしも(資格さえ満たせば居住者でなくてももらえる)、とくにmedicareについてはいつまでアメリカにいるかわからないような人間にとっては、天引きされてその分に課税までされた上に自分ではその恩恵に預かれない可能性も高いわけで、まったく納得のいかない仕組みだ。ちなみに、日本の場合は上述の通り、払った年金の保険料は社会保険控除により非課税になる(年金をもらうときに課税される)。追記: 実際の申告のためにさらに調べたら、medicare天引き分は医療費控除の足しにできるようだ。とはいえ、控除可能なラインが高いので、実際に恩恵を得るのはかなり難しそう。
- 地方税は、実は微妙にCaliforniaの方が安い。日本の場合定率で10%なのに対し、Californiaは累進税率かつ最高税率でも9.3%なので。
以下の表は、日米の国税(連邦税)の税率について、大体同じくらいの所得クラスを並べて比較したもの(アメリカの税率は毎年のように変わっているが、これは2008年のもの)。アメリカ側の所得金額は$1 = 100円の為替レートを仮定して円換算している。
日本 | アメリカ | ||
---|---|---|---|
所得金額(万円) | 税率 | 所得金額(万円換算) | 税率 |
-80.25 | 10% | ||
-195 | 5% | 80.25-325.5 | 15% |
195-330 | 10% | (15%) | |
330-695 | 20% | 325.5-788.5 | 25% |
695-900 | 23% | 788.5-1645.5 | 28% |
900-1800 | 33% | (28%) | |
1800- | 40% | 1645.5-3577 | 33% |
3577- | 35% |
一見して、アメリカの税制が金持ち優遇・貧乏人冷遇なことがわかる。具体的には、
- 最低税率は日本より高く、最高税率は日本より低い
- 所得額1800万円を超えるくらいまでの税率も総じてアメリカの方が高い
ちなみに、日本の税金の額がアメリカを上回る所得ラインをこの表に基づいて計算すると、1958万円になる。これは控除後の課税対象額であることも考えると、収入が2000万円を超えるくらいまでは常にアメリカの方が税負担が重いということになる。それを超えると、5%の税率の差があるので、急激にアメリカ側の負担が軽くなる(たとえば1億円相当だと、ざっくり400万円くらいの差になる)。ただでさえ所得の開きも大きいのに、税制でもこれだけ金持ち優遇では、貧富の差も拡大するわけだ…。
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