資産運用をある程度の期間していれば誰でも一度は「ドルコスト平均法には意味はあるか」という話に加わる経験があるだろう。筆者もその例に漏れず、また筆者の中ではこの話にかなりはっきりした結論が出ていて、自分の運用行動にこの議論が影響を与えることはないのだが、以前からこの件はそう単純でもなく他人に説明しようとすると結構難しいという印象を持っていた。この件に関する文献も世の中には溢れているのだが、そのどれにも今ひとつモヤモヤするものがあり、自分の中でもすっきりと納得できていない感じがあった。つい先日たまたまこの話をする何度目かの機会があったので、少し踏み込んで考えてみたところ、少なくとも自分自身への説明としてはかなりモヤモヤを晴らすことができた。以下はその理解をより深めるために書いたメモである。
用語の曖昧さなどを無視して結論的なことを先に書くならこうなる:
- 「ドルコスト平均法」にはリスクを下げる効果はあるが、同時にリターンも下がるので、その評価は両者のバランスで議論する必要がある
- この観点では「ドルコスト平均法」は多くの場合非合理的で、つまり「無意味」である
- その理解の上で、自分のリスク許容度を見積もる手段として採用するのなら「ドルコスト平均法」も無意味とまではいえない
さて、「ドルコスト平均法」について議論する場合、前提条件を明確にしておかないとムダに混乱を呼ぶ可能性がある。この点については「一括投資かドルコスト平均法か」という古くて新しい問題を、わかりやすく図解してみたというblog記事がわかりやすい。以下は、ここでいう「現在、まとまったお金があ」り、「自分は『投資タイミングが分かる』(と自分で思って)」はいない場合の話である。また、この場合において、「ドルコスト平均法」とは、この「まとまったお金」を同じ金融商品(一般的にはハイリスク・ハイリターンの株式投信のようなもの)へ一定の期間ごとに定額ずつ分けて投資する、「時間分散」型の投資手法を指す。
「ドルコスト平均法」をよい手法だとする主張で一般に見かけるのは、価格変動のある商品を時間を分けて購入し、一回あたりの購入金額を平均化することで高値掴みを避ける「リスク低減」効果がある、というものである。
一方、「ドルコスト平均法」に意味はないとする世の中の主張では、購入した金融商品のリスクは変わらないのだから「リスクが下がる」は嘘、と一刀両断していることが多い。また、「ドルコスト平均法」で資金投入している期間中、投入前のお金が遊んでいることによる機会損失があるので不利、という指摘もよく見かける。これらはいずれも間違いとは言えないのだが、筆者にはどうもすっきりしないものが残っていた。
まず、「リスク」をリターンの分散として定義した場合(最も一般的な定義だろう)には、実際には「ドルコスト平均法」によってリスクは下がると言えるというのがモヤモヤの第一点である。このことは、ハイリスク資産への総投資期間が(わずかにせよ)短いことから直感的にもわかりやすいし、実際下記のように(ある種のモデルのもとで)具体的に計算してみてもそうなる。資金を投入してしまった後のことを考えれば結局投入金額全体が晒されている資産のリターン変動が問題(資金投入後の運用期間が長ければなおさら)なのだから買値を分散させたことによるリターン低減効果は誤差、というようなことは言えるだろうが、一刀両断は乱暴すぎるように思う。
また、機会損失コストがかかるのもまた事実だが、そのコストがどのくらいかを含めて評価しないと総合的に得か損かは断定できないだろう。多少なりとも「リスク」が下がるのならなおさらである。
これを書くために改めて調べていて見つけた「ドルコスト平均法」か「一括購入」か ~ そのドルコスト平均法は合理的か?というblog記事は、これらのモヤモヤをある程度晴らしてくれるのだが、アセットアロケーションが想定から崩れた状態がよくない、というところで説明が止まっていて、結局得なのか損なのかというところまで踏み込むとやはりまだ少しモヤモヤする。
そこで、ここではより定量的に考えてみることにした。まず、以下のような分散を持ち、平均すると年利回り5%のリターンが期待できる投資商品を考える。
- 25%の確率で年15%のリターン
- 25%の確率で年-5%のリターン
- 50%の確率で年5%のリターン
いま、まとまった手元資金(たとえば1万ドル)をこの商品に投資して運用することを考えている人がいたとして、以下の2つの方法での資金投入を考えているとする:
- 一括方式: 全額をただちにこの商品に投資する
- ドルコスト(DC)平均(的)方式: 半額をただちに投資し、1年後に残りの半額を投資する
この場合に、2年後にあり得る全リターンの可能性をそれぞれの確率とともに示したのが以下の表である(「一括減額」については後述):
確率 | 一括 | DC平均 | 一括減額 |
---|---|---|---|
6.25% | 2.02% | 1.48% | 1.52% |
12.50% | 2.59% | 1.61% | 1.96% |
6.25% | 0.58% | 0.13% | 0.44% |
12.50% | 2.59% | 2.23% | 1.96% |
25.00% | 2.56% | 1.91% | 1.94% |
12.50% | -0.03% | -0.33% | -0.02% |
6.25% | 0.58% | 0.76% | 0.44% |
12.50% | -0.03% | 0.30% | -0.02% |
6.25% | -0.61% | -0.46% | -0.46% |
また、上記の分布に基づくリターンの期待値を年平均にならした値と、(2年分の)リターンのばらつきを標準偏差で表した「リスク」をまとめたものが以下の表である:
一括 | DC平均 | 一括減額 | |
---|---|---|---|
年平均利回 | 5.00% | 3.74% | 3.80% |
リスク | 1.30 | 1.00 | 0.98 |
このことからわかるように、ドルコスト平均法的に投資した場合の方がリターンのばらつきという意味でのリスクは低くなる。また、最悪の場合(第一の表の最終行)の損失もドルコスト平均法の場合の方が小さくて済む。ただし、その分期待リターンの値も一括方式より低くなる。これらはいずれも、ドルコスト平均法では最初の一年間に保有するハイリスク(かつハイリターン)資産の量が少ないことから直感的に自明ではあるのだが、期待リターンも低くなっていることがなぜか見過ごされやすく、「現にリスクは低減されるのだからドルコスト平均法(的)投資法にも合理性があるのではないか」というモヤモヤにつながっているような気がする。
ドルコスト平均法ではリスクも(期待)リターンも下がるという点に納得できれば、結局この投資法は時間とともに徐々にリスク資産の割合を増加させる、一風変わったポートフォリオに基づく投資のことだとわかる。すると問題は、あるリスク許容度を持つ個人にとって、このようなポートフォリオはリスクとリターンのバランスの上で合理的なのか、ということになるだろう。
この点を検討するための比較材料が、上記表における「一括減額」である。この方式では、同じまとまった手元資金に対して、
- そのうちの一部を初期に一括投資。残りの追加投資はしない(増えも減りもしない「安全資産」に投資しているとみなす)
- 初期の投資額は最悪ケースの損失がドルコスト平均法に等しくなるように(逆算して)決める
はじめに仮定したリターン変動のモデルにおいては、初期の投資額は手元資金全体の約75.6%になる。
この方式で運用した場合の結果が上の表の「一括減額」の列である。当然ながら、最悪の場合の損失(第一の表の最下行)は等しくなる。一方、期待リターン及びリターンのばらつきとしてのリスクはともにドルコスト平均法より優れている(前者はより高く、後者はより低い)。
この「一括減額」方式では、リスク許容度を最悪時の損失割合で決めることとしているが、より一般的にリターンのばらつきを「リスク」とみなして、それをドルコスト平均法の場合に等しくなるように初期投資額を決める方法も考えられる。その場合の初期投資額は手元資金全体の約76.8%、平均リターンは3.86%と若干高くなる(ただし最悪時の損失割合はわずかながら悪化する)。
いずれにせよ、ここで仮定しているモデルにおいては、もし手元資金全額を初期に「高値」で投資してその後下落することが怖くてドルコスト平均法を選ぶくらいであれば、その場合に算出されるリスク許容度に見合う金額に投資額を下げて「一括減額」方式で運用する方が有利だということになる。しばしば見かける「ドルコスト平均法を採りたくなるくらいならそもそも最初に想定していた投資額がリスク許容度に見合っていないのだから、投資額を下げるのが筋」という主張も、このように考えると(筆者としては)しっくりくる。
また、「一括減額」方式の場合では残しておいた資金が2年後にもそのまま残っているという点も重要である。ドルコスト平均法の場合は、どのように小分けするにしても予定額を投資し切った後は投資した全額が投資先の高いリスクに晒されることになり、それ以降のリスク低減効果はない。ドルコスト平均法について、資金を投入した後に暴落がある可能性(これは事前には予見できない)を指摘して合理的でないとする主張をよく見かけるが、これも「一括減額」方式の場合に同程度(以上)のリターンとリスク低減効果を得た上でなお手元に安全資産が残っていることと合わせて考えると(これも筆者としては)納得しやすい。
結局、ドルコスト平均法には実際にリスクを下げる効果はあるのだが、それはその当然の代償であるリターンの減少とセットで考える必要があり、これはすなわちリスク許容度を与えたときのポートフォリオの最適化の問題であって、その解としてのドルコスト平均法は合理的(最善)ではない、という説明が筆者には腑に落ちる。なお、もちろん、リターン変動のモデルによっては、最適なポートフォリオの解がドルコスト平均法になるという場合もなくはないだろう。ただし(そこまでは筆者は検証していないが)、一定の平均リターンとリターン変動の一般的な分布に基づくよくあるモデルにおいては、ドルコスト平均法が最適である場合は稀なのではないかと予想する。たとえば、ここで使ったようなごく単純なモデルであっても、平均リターンの大きさ、平均リターンからのずれが生じる確率、ずれの大きさといったパラメータを変えることで、たとえば「ごくわずかだが大暴落があり得る」ようなモデルを形成できる。筆者が手元で試した範囲では、いくつかの例のどれであっても概ね結論は同じで、ドルコスト平均法より一括減額の方が優れていた。
さて、いま現実にたとえば1万ドルの投資可能資金を持っている人が株式投信のようなハイリスク資産での運用を考えているとして、「ドルコスト平均法」を採用するか悩んでいるとする。ここまでの話に合意するなら、この方式がリターンとリスクのバランスにおいて優れているということはなく無意味である、というのがもっとも直接的な答えになるだろう。とくに、この1万ドルをこの投信で想定されるリスクに晒す心の準備ができていると確信できるのであれば、初期の全額投資が最善であることは明らかだ。
ただし、とくに下落相場でリスクを取っていた経験のないような人の場合は、自分のリスク許容度がどの程度なのかはっきりわかっていない(もしくは許容度を過大に見積もっている)場合もありそうだ。このような場合、実は「ドルコスト平均法」はあながち悪くもないのではないかと筆者は考える。この方式で少しずつ資金を投入していくうちに、「幸いにも」時価が下落する局面が訪れれば、下落した資産額を見てそれでも平静を保てるかを再評価できるだろう。その結果として自分の「本来のリスク許容度」により確信を持てれば、その段階でその金額まで一括投資すればよい。逆にこの資金投入の期間中時価が上がり続ける(もしくは少なくとも下がらない)不幸なケースでは損になることになるが、これは自分のリスク許容度を知るために払ったコストなどと割り切ればよいのだろう。
こうした場合でも、「『ドルコスト平均法』がリスクをおさえるよい方法だから採用している」のではないことを理解しておくことが重要である。そうすれば、やがて自分のリスク許容度の評価にもっと自信を持てるようになってからまとまった投資資金ができたようなときに非合理的な資金投入方法を採らずに済むようになる。
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