メインコンテンツに移動

PFIC税制について

jinmei

アメリカの税金の制度は、知れば知るほど複雑怪奇で呆れることが多いのだが、その中でも横綱級のものにPassive Foreign Investment Company (PFIC)に関する制度がある。もともとは、一部の金持ちがオフショアのヘッジファンドなどに資産を逃して課税を逃れたり繰り延べたりするのを阻止するつもりでできた制度らしいが、アメリカお得意の無駄に複雑かつ広範囲な制度になっているせいで、本来の対象外の一般人にまで影響がおよんでいる。たとえば、日本に住んでいた人が投資信託を購入し、その後それを保有したまま仕事の都合などでアメリカの居住者になると、その途端にこの税制の対象となってしまう。さらに困ったことに、こうしたケースは大いにありそうなのに、一般的にはマイナーな存在としてほとんど知られていないようで、アメリカに移り住んでしばらくしてから気付かされるような場合も多い模様である。そして、一層困ったことに、知らないまま1年以上経過すると税金処理上著しく不利な状況から挽回不能になってしまう。

筆者は、以前ふとしたことからこの制度の存在を知り、すこし気になって(また、理解できない制度の存在を嫌う性格が災いして)詳しく調べてみたことがある。それ以来、潜在的にこの罠にはまっていそうな人は多いのではないかと思いつつ、あまり世間で話題になっていないようなのを内心不思議に感じていたのだが、どうも最近になって、FI planningの掲示板の質問などを通じてこの件で困っている人はやはり結構いるということがわかってきた。想像するに、いままではその存在すらも気にしていなかったのが、FBARFATCAの適用が厳しくなることでアメリカ国外資産に意識が向くようになり、またそれを扱う専門家からの助言などを通じて潜在的な該当者が浮上してきたということなのではないかと思っている。

そこで、この機会に、筆者がこれまでPFICの税制について調べたことをもう一度整理して、blogの形でまとめて公開することにした。以下では、上記のような「日本に住んでいた人が投資信託を購入し、その後それを保有したまま仕事の都合などでアメリカの居住者に」なったケースを主な対象として、関連するPFIC税制の詳細を説明し、具体的にどう対応するのがよさそうか考察する。その第一の目的は、文章の形にまとめることを通じて、自分の理解が曖昧だったり不十分だったりした点を確認して補強するという、個人的な用途である。それに加えて、どうやら潜在的にはそれなりに存在するらしい、PFIC税制の情報が参考になりそうな他の人に対して情報を提供する目的もある。

ただし、筆者は資格を持った会計や税務の専門家ではないし、その分野の公式な教育を受けたこともない一介の素人である。ここに書いた内容に、単純な誤解や見落とし、解釈の誤りなどが含まれている可能性は大いにある(そういう部分に対するご指摘は大歓迎である)。以下はあくまで素人による参考情報の提供であり、他の人への税務上のアドバイス等を目的とするものではない。不幸にしてこの税制の対象になってしまった人には、筆者は専門家に相談することをおすすめするが、その相談前の予備知識程度としてご利用いただきたい。

PFICとは何か

IRS Form 8621のinstructionによるPFICの定義はある意味では明確である。すなわち、ある税金年度において、外国企業が以下の条件のいずれかを満たす場合に、その企業はその税金年度においてPFICだとみなされる:

  • Income test: その企業の税金年度における収入の75%以上がpassive incomeである
  • Asset test: その企業の税金年度における資産の平均の少なくとも50%がpassive incomeを生んでいるかまたはその目的のために保有されている

ここで、”passive income”は、Internal Revenue Code Section 1297(b)から参照されているSection 954(c)に列挙されており、配当、キャピタルゲイン、為替差益など、要するに投資活動による収入のことである。

この定義は形式的には明確だが、より具体的には何なのか、と考えると雲を掴むような感じでもある。実際上は、PFICとは(アメリカから見て)外国籍の投資信託を総称するもの、と考えるのが実情に近い。

保有する投資信託はPFICか?

次の問題は、日本で投資信託を持っている人がいたとして、その投資信託はPFICなのかどうか、ということである。公式の定義はある意味明確なのではあるが、ある特定の投資信託がPFICなのかどうかをこの定義によって判定できるかというと、かなり怪しそうである。まず、投資信託の話をしているはずなのに、定義では「外国企業(foreign corporation)」を対象としているところからして意味不明気味である。このギャップをどう埋めるのがよいのか、筆者にはいまひとつよくわからないのだが、たとえばIRSのFAQには、”A mutual fund is a regulated investment company…”という記述があり、投資信託(mutual fund)というものは一般的にcompanyの一種なのである、というようにも読める。

一方、プロが書いたと思しきblogでは、(アメリカ国外の)投資信託やETFは「ほぼ間違いなく(near certainty)」会社として組織されており、ゆえにPFICである、と述べられている。ここで、「会社として組織されている(organized as corporationsとかcorporate entitiesとか)」が具体的に何を意味しているのかも筆者には不明だが、このプロの言葉を信じるなら、いずれにしてもほとんどの外国籍投資信託やETFはPFICとみなされるというのが結論なのだろう。

また、Bogleheadsのwikiでは、根拠は書いてないが、「日本籍の投資信託、ETF、REITはすべてPFICである」と断言されている。

なお、一般的にいって、通常の事業会社がPFICとみなされることはないと思われるので、日本の普通の会社の株式を直接保有している場合はPFIC税制を気にする必要はないことが普通だろう。ただ、その会社の財務上の状況によっては、PFICの2つのテストのどちらかを形式的に満たしてしまうこともあるだろうし、その結果としてたまたまその会社がPFICとみなされることもないとはいえないことを注意しておく。

これらの情況証拠では不満で、日本の特定の投資信託がPFICであるかどうかをどうしても確実に決定したいと思ったとしても、おそらく誰か(or どこか)に聞いて答えが得られることはないと思われる。IRSに電話しても日本のことまで知らないと言われるだろうし(それ以前に個別の金融商品に関する判断を示してくれるとも思えない)、日本の税務署なり投資信託の販売・運用会社などに問い合わせたところで、アメリカの税制のことまで知らないと言われるのがおちだろう。その投資信託の年次報告書などの内容を公式の定義にあてはめて判定しようと思ったとしても、具体的にどのような値を用いればいいのかも(少なくとも筆者には)判然としない。が、たとえばその投資信託のバランスシートを見れば、おそらく資産の大半が株式や債券だろうから、少なくともasset testには合格してしまうことが多いかと思われる。

PFIC税制を適用する場合の(事務作業および金銭的)負担を考えると、確信を持って判断したいと願いたいのはやまやまだが、結局安全側に倒して一律にPFIC扱いにするしかなさそうというのが筆者の個人的結論である。

IRS Form 8621

IRS Form 8621は、PFIC stockを保有する人が確定申告(tax return)で提出する税金処理用のフォームである。表面的なことをいえば、PFIC stockを持っている場合の税金処理は、tax returnに正しく記入したForm 8621を含め、その結果として必要な税金上の調整をform 1040その他に加えて場合によっては該当する税金を払えばよい、ということになる。しかし、複雑怪奇なことで有名なIRSのフォーム類の中でも、form 8621の奇怪ぶりはずば抜けており、習熟した専門家以外には手に負えないのではないかと思われる。

実際、Form 8621のPaperwork Reduction Act Noticeの項にある、想定所要時間の見積もりでは、必要事項の記録、関連する法律やフォームの理解、実際の作成作業に要する総時間は40時間54分である。他のフォームの中でも比較的複雑かつ難解と思われる、foreign tax credit用のForm 1116の場合で4時間59分であるから、Form 8621がいかに納税者を馬鹿にしているかがよくわかるであろう。

さらに、たとえばform 1116の場合なら、多くのtax return作成ソフトウェアでかなり深い部分までサポートされており、このフォームの添付が必要な人でも実際には詳細まで理解している必要がないことが多いと思われる。これに対し、form 8621をサポートしているソフトウェアは、筆者の知る限り(かつ廉価版の場合)ではTaxACTだけであり、そのTaxACTにしても書き込み可能なPDFに毛が生えた程度の対応で、記入する者がフォームのどのlineにどの数値を入力するかといった程度まで内容をよく理解していないと使えないレベルである。

Form 8621の理解が難しいのは、そもそもの制度が最凶に複雑であることに原因があるのは間違いないのだが、それに加えてinstructionにはほとんど表面的なことしか書いていないというのも理由であろう。他のフォームでもinstruction自体は不親切な場合もあるのだが、大抵は対応するpublicationにより詳しくわかりやすい説明が記載されており、それを合わせて辛抱強く読めば理解できることも多い。ところが、PFIC税制とform 8621についてはこうしたpublicationも(筆者の知る限り)存在していない。不明な部分については、対応する税法の文書を直接参照する必要がある。また、後述するように、法律まで遡っても曖昧な部分もあり、結局、具体的な案件を多数こなした専門家の経験によるしかないような領域も見受けられる。

この現状を踏まえて、本記事では、以下の資料を公的な一次資料として頻繁に参照する:

  • IRS Form 8621 instruction
  • Internal Revenue Code (IRC): United States Code(合衆国法典)に記載の内国歳入法、Section 1291と1296
  • Code of Federal Regulations (CFR, 連邦規則集)、Section 1.1291と1.1296

法律文書と聞くと読む気がなくなるかもしれないが、IRCやCFRは比較的平易な英語で書かれており、IRSのpublication類を読んで苦にならない人なら十分読めるレベルである。また、とくにCFRには特定の状況に対する具体例が多く含まれていて、規定の文言だけ読んでもしっくりこない部分の理解を助ける役に立つ。拷問的に難解なform 8621も、これらの関連文書も含めて読むだけの根気があり、この手の事務作業に習熟した人なら、個人でファイルすることも不可能ではないかもしれない。結果的に専門家に相談するとしても(筆者は基本的にそれを推奨するが)、相手が頼りない場合にそれを見抜く助けになったり、込み入った点を相談する際のヒントなどとしても役に立つだろう。

なお、保有する投資信託(= PFIC stock)の金額が少ない場合、状況によってはform 8621の提出は免除される場合もある。この条件はForm 8621Part Iのexceptionとして記載されており、個人に関係する条件としては以下がある:

  • 年末時点での全PFIC stockの価値の合計が$25000以下(夫婦合算申告の場合は$50000以下)、または
  • 年末時点での個別のPFIC stockの価値が$5000以下(この場合免除されるのは該当するPFIC stockに関するformのファイルのみ)

さらに、CFR Section 1.1298-1T(c)(2)に記載の以下の条件の両方を満たしている必要もある:

  • そのPFIC stockからのexcess distribution(後述)を受け取っていない
  • そのPFICについてQEFやMark-to-Market election(後述、なお後者についてはform instructionでのみ明記)をしていない

なお、form 8621のinstructionでは、Part Iの記入が免除されると書いてあるだけであり、formの提出が免除されるかどうかは曖昧だが、CFRにはformの提出が免除されると明記してある。ただ、formの提出が免除される場合でも、PFIC税制の枠組みから逃れられるわけではないことに注意が必要である。たとえば、そのstock(投資信託)を売却すると、後述の通り”excess distribution”が発生し、PFIC税制に沿って課税された上でform 8621の提出も必要になる。また、これも後述のように、多くの場合にMark-to-Market electionをするのが有効と思われるため、実際に提出しないで済む場面はあまり多くないかもしれない。

Form 8621 Election

さて、不幸にしてPFICの”stock”(実際上は何らかの投資信託の何口分か)を保有していることになってしまった場合、アメリカの税金処理上の選択肢がいくつか(後に述べるように事実上は2つ)ある。これらはIRS Form 8621におけるelectionという形で選択する。Instructionにはいろいろなelectionが列挙されているが、大筋としては以下の3つからの選択になる。

このうち、筆者の理解と調査の範囲では、日本で普通に売られているような投資信託やETFについては、QEF electionはまず選択不可能である。QEFとして扱うためには、その投資信託(=PFIC)がIRS仕様の”Annual Information Statement”を発行している必要がある(instructionのPFIC Annual Information Statementの項参照)。おそらく日本の投資信託でそんなことをしてくれるものはないだろう(と思うが、もしかすると米系の会社が日本向に開発した商品だったりするとあり得るのかもしれないので、一応問い合わせてみてもいいかもしれない)。ということで、この記事ではQEFについてはこれ以上は触れない。

Form 8621のその他のelectionは、QEF electionをした場合の付随election(QEF electionできなければそもそも関係ない)や、PFIC扱いでなくなった場合の処理(日本の投資信託の場合ならまず考えなくてよいだろう)、税金の支払いを延長するためのelection(人によっては必要かもしれないがやや細かい話になる)なので、無視しておいてよい。

というわけで、electionなしかMark-to-Market electionの二択ということになる。以下、それぞれの選択肢についての税金上の扱いを説明し、どちらを選択するのがよいかについて考察する。

Section 1291 fundの税制

Form 8621上何もelectionしなかった場合、そのPFICはSection 1291 fundと呼ばれる。1291というのは、PFIC関連の税制を定義したIRCのセクション番号に由来していると思われる(余談だが、これまで”corporation”と呼ばれていたものが、ここでいきなり”fund”になってしまうところにもモヤモヤするものがある)。

Section 1291 fundに対する課税は凶悪かつ非常に複雑である。

まず、Section 1291 fundから得られる収入の一部がexcess distributionと呼ばれる特別な分配とみなされ、面倒な計算を経た上で懲罰的とも言える過大な税金が課せられる。Excess distributionの定義は、Form 8621 instructionによれば以下のとおり:

  • 分配金のうち、その前の3年間(保有期間がそれより短い場合はその分短縮)の平均分配額の125%を超過する部分
  • 売却した場合の譲渡益(益があった場合のみ)

ここで、分配金がexcess distributionであるかどうかを判定する計算においてはUSドルではなく現地通貨(たとえば円)を用い、excessだと判定された後の処理にはそれをUSドルに換算した額を使う(IRC Section 1291(b)(3)(E)参照)。この規定により、fund自体は毎年同じ程度の額の分配を出している(excessになりにくい)のに為替レートの変動のせいでexcess distributionとみなされてしまう、という事態は防止できる。もっとも、ここ数年の円安が続く状況だと、むしろ各年ごとにドル換算した方がexcess扱いを防げそうではあるが。なお、excess額をドル換算する場合に使うレートがどの日付のものなのかは筆者には不明である。

Excess distributionに対する課税方式はForm 8621 Part Vのinstructionで説明されている…が、一般的に複雑怪奇なアメリカの税金関係の計算の中でも、筆者の見た中では最凶最悪に複雑であり、このinstructionを一読しただけで理解できる人はおそらく皆無ではないかと思われる。概要としては以下のような感じ(概要と呼ぶには細かすぎるのだが、もともとが超複雑なのでやむを得ない…):

  • Fundの保有期間を「今年(current year)」、「PFIC前の年(pre-PFIC years)」、「その他(ここでは便宜上PFIC prior yearsと呼ぶ)」に分け、excess distributionの金額をそれぞれの期間の各年ごとに(日割りで)振り分ける
  • Current yearとpre-PFIC yearsの分の金額はordinary incomeとみなし、”other income”としてtax returnに含める
  • Prior yearsの分の金額については、その期間の各年度ごとに、それぞれの年の最高税率を適用した税金額を求め、”increase in tax”として直接税金に追加する(Form 1040のline 44)
  • Prior yearsの各年のincrease in taxについて、それぞれの年のtax returnの締め切り(延長なし、すなわち通常4月15日)から現在のreturnの締め切り(同じく通常4月15日)までの期間を対象とする利子を求め、その合計をForm 1040 line 62に追加する。利子の率と計算方法はunderpaymentの場合に準ずる(IRC Section 1291(c)(3)(A)参照)

ここで、もともと日本の居住者で、その当時に日本の投資信託を購入し、その後アメリカ居住者になったためにPFIC stock保持者となってしまった悲劇的(だがもっとも典型と思われる)な人の場合、”pre-PFIC years”の期間、すなわち、その投資信託の保有期間のうち日本居住者だった年、が存在することに注意(注: ただし、Form 8621のpre-PFIC yearsの定義では、このような期間がそれに含まれるとは明記されていない。この解釈は他の非公式資料などを参照した結果としての筆者独自の見解である)。これを踏まえて、PFIC stockを売却した場合の譲渡益に対する課税の例を考えてみる。

2010年7月1日に日本居住者としてある投資信託を購入し、2012年1月1日にその投資信託を保有したままアメリカの居住者になった人がいたとする。この人が2014年6月30日に保有する投資信託全口数を売却し、ドル換算で$10000の譲渡益が発生したとする。この人が2014年分のtax return(2015年4月締め切り)で払う税金は以下のように計算される。

まず、譲渡益全体を保有期間の各年について以下のように振り分ける:

  • 2010-2011年(Pre-PFIC year)分: $3750 (全4年間中の1.5年分、厳密には日割りなので少し違うが、話を簡単にするためその誤差は無視)
  • 2012-2013年(Prior year)分: 各$2500の計$5000
  • 2014年(current year)分: $1250(全4年間中の半年分)

Pre-PFICおよびcurrent分の譲渡益(合計$5000)はordinary incomeとして所得に含まれる。この人の2014年のtax bracketが25%だとすると、該当する税金は0.25*$5000=$1250。

Prior year分のうち、2012年分については最高税率が35%なので、税金は0.35*$2500=$875。2013年については最高税率が39.6%なので、税金は$990。さらに、2012年分の税金には2年間、2013年分の税金には1年間分の延滞利子がかかる。

利子の分は無視したとして、税金の合計は$3115。一方、これがもしPFIC stockでない普通の株式やアメリカ籍投資信託であれば、保有期間が1年を超えていてlong term capital gainとなるため、税率は15%で税金は$1500。実に倍以上の差になる。同様の例は、専門家らしき人の書いた記事でも紹介されている。

分配金の税金の計算についても基本的には同様であるが、この場合はさらにいくつか議論すべき点がある。まず、アメリカの税制では、一般に分配金(distribution)は以下のように分類され、それぞれ課税方式が異なる…

  • 通常分配(ordinary dividend)、(アメリカでは)1099-DIV Box 1aに記載
  • キャピタルゲイン分配(capital gain distribution)、1099-DIV Box 2aに記載
  • Return of Capital、1099-DIV Box 3に記載
  • その他(マイナーなのでここでは省略)

…のであるが、ある文献(PDF)によれば、PFICからのdistributionについてはこうした分類をせずに一括して扱うと考えるのが妥当らしい。この文献では、Proposed CFRのSection 1.1291-2を参照して、”It should include any amount of money or property ceded to a shareholder in connection with the shareholding relationship”と主張している(なお、このproposed regulationの原典らしきものはオンラインでは見つけられなかった。”Income Tax Regulations”という書籍(google booksによるexcerpt)に載っているらしい)。ただし、一般的に”proposed”段階に過ぎないregulationの内容が実際にどの程度の強制力を持っているのかについては諸説あり、専門家の間での見解も分かれているようだ。この件についてではないが、やはり専門家らしき人の書いたblogでは、Internal Revenue Manualの該当項目(4.10.7.2.3.3)を参照しつつ、納税者はproposed regulationに従う必要はない、と主張している。本記事では一応distributionの分類はしない、という立場に立つことにする。

さて、売却の場合と異なり、分配金(ここでは広義のdistribution)の場合は過去の分配との比較の結果として必ずしもexcess distributionとはならないこともある。Excess扱いにならなかった分配金はnonexcess distributionと呼ばれ、ordinary dividendとしてForm 1040 line 9aに加算される(Form 8621 line 15eのinstruction参照)。

ここで次に問題となるのは、この一部または全部が適格分配(qualified dividend, Form 1040ではline 9b)として優遇税率を受けられる可能性はあるか、ということである。この点については明確で、PFICからの分配は一般的にqualified dividendとみなすことはできない。外国の会社のstockからの分配が適格だとみなされるためには、その会社が「適格外国会社(qualified foreign corporation)」でなければならないという規定があるのだが、IRC Section 1(h)(11)(C)(iii)により、PFICは適格外国会社ではないと明示されている。

Section 1291 fundからの所得(分配金や売却の譲渡益)について、fundの所在地国(たとえば日本)で課税されている場合には、その一部または全部をforeign tax credit/deductionとして取り戻すことはできる(Form 8621 Part Vのinstruction, line 16cの説明参照)。ただし、excess distributionが発生していた場合の計算は相当に面倒くさそうである。なお、PFIC stockかどうかに関わらず、売却時の譲渡益については、所在地国が日本の場合は所在地国側では課税されない。日米租税条約(PDF)において、譲渡所得への課税に関する規定を述べた第13条によれば、通常の個人が所有する株式や投資信託の譲渡益については1-6項の条件には当てはまらず、「譲渡者が居住者とされる締約国(=この場合アメリカ)においてのみ租税を課する」とした第7項が適用されるはずだからである。このため、売却時の譲渡益についてはforeign tax creditの適用方法について悩む必要もない。

一方、売却時に関して問題になるのは、損失が出た場合にそれをlossとして報告できるかということである(上記のとおり、益が出た場合はexcess distribution扱いになる)。この点については、筆者の調べた限りでは公式資料では明記されておらず、専門家の見解も、lossは認識できないとする人とcapital lossとして報告(してdeductionに使える)とする人にわかれている。一般の個人としては、現実的にはたまたま相談した専門家の見解に従うしかないかと思われる。また、税金を多目に払ったからといってIRSが文句を言うことはないだろうから、lossが少額なら安全側に倒して報告しないというのが無難かもしれない。

最後に、米国居住者の期間中なんとかPFIC税制を乗り切り、Section 1291 fundを保有したまま帰国した場合の問題がある。この場合、帰国(アメリカの非居住者になる)の時点でそのfundを売却したとみなして(含み益に)課税されるという説がある。これが本当なら、とくに短期の海外赴任などでアメリカに滞在した後に日本に帰るような人(で、もともと日本で投資信託を保有していて、そのままにしてアメリカに来た人)にとっては大問題である。税率は懲罰的に高いし、事務処理も異常に複雑であるし、含み益への課税なので日本側で税額控除を請求できない可能性も高そうで、最悪のケースとしては日米での二重課税になり得る。ただし、この課税の根拠となっているのは上でも述べた”proposed” regulationの規定(Proposed Regs 1.1291-3(b)(2))であり、その効力については専門家の間でも意見が分かれているようである。Proposed regulationsに関して上でリンクしたblogは、実はまさにこの問題を扱っており、この著者は、この”exit tax”は無視してよいとの意見を述べている。もちろん、そのように楽観的でない専門家もいるので、どう対処するかは慎重に判断すべきだろう。

Mark-to-Market Election

Form 8621のelectionをせずにSection 1291 fundとしての税制が適用される場合と比べると、Mark-to-Market(MTM) electionをした場合の扱いは相対的には簡素化されており、規定の曖昧な部分も少ない(あくまで元が凶悪に複雑なPFIC税制の枠組の中では、ということだが…)ため、一般的にはこのelectionを選択する方がよいと思われる。ただし、MTM方式独自の欠点もあるので、個々人の状況に照らして慎重に判断する必要があるだろう。

MTM electionは、対象とするPFIC stock(Section 1296 stockと呼ばれる。CFR 1.1296-1(a)(2)参照)を市場の時価に紐付けして随時課税することにより、Section 1291 fund向けの凶悪な税制を回避するという選択である。このelectionをするためには、そのPFIC stockが”marketable”でないといけない。あるstockが”marketable”であることの定義はCFR Section 1.1296-2に記載されている。細かい条件がいろいろついているが、常識的に見て、たとえば東証に上場されたETFであれば1.1296-2(a)(1)の条件を満たしてmarketableであり、一般の投資信託の場合も、その基準価額が公表されていて、最小購入価格が$10000を超えないようなもの(ほとんどが該当すると思われる)であれば1.1296-2(d)に記載の”certain PFICs”としてmarketableとみなしてよさそうである(…が、細かい条件の中に落とし穴があるかもしれないので、必要な方は各自正確に確認されたい)。

Section 1296 stockの税金上の扱いの概要は以下のとおり:

  • Section 1296 stockの価格は、税金処理上”adjusted basis”という価をもとに管理される。その初期値は(原則)購入時の時価で、各税金年度の最終日(12月31日)に、その時点での時価に更新される(ただしelection初年度については後述のようにいくつか特例がある)
  • 各税金年度ごとに、adjusted basisの増減を計算する。増加していれば(つまり含み益が生じていれば)、その分はordinary incomeとして所得に追加され、その年のうちに課税される
  • Adjusted basisが減少した場合(含み損が生じた場合)、過去の税金年においてadjusted basisの増加分としてordinary incomeに追加した分(の合計)を上限として、ordinary lossとして所得から控除できる。なお、この控除をすると、将来この方式で控除可能な上限はその分減額される。その残高を”unreversed inclusions”と呼ぶ。
  • Section 1296 stockを売却した場合は、譲渡額とadjusted basisの差分を計算し、譲渡損益を計算する
  • 譲渡益はordinary incomeとして課税される(Form 8621 Part IV line 14a)
  • 譲渡損は、unreversed inclusions分まではordinary lossとして控除する(Form 8621 Part IV line 14b)。それを超えて損失がある場合は(総保有期間に応じてshortまたはlong-termの)capital lossとして報告する

CFR Section 1.1296-1(c)(7)に、具体的なケースについてのこれらの扱いの例が掲載されていて参考になる。たとえば、Example 5は、譲渡損の一部がlong-term capital lossになるケースについて説明している。

Section 1296 stockについて、公開されている資料からでは今ひとつ判然としないのが分配金の扱いである。Section 1291 fundの項で説明したように、qualified dividendとしての優遇税率を受けられないのは確かだと思われる(この規定はPFICのstock全般に対して適用されているので)が、capital gain distributionやReturn of Capitalの扱いがどうなるのかについては筆者にはよくわからない。Section 1291 fundの項で述べたProposed CFR Section 1.1291-2はsection 1291 fundに限定されており、それとqualified dividendの件以外にSection 1296 stockからの分配について何か特殊な規定があるという資料は筆者の知る限りでは存在しない。

Capital gain distributionは、アメリカの税制ではlong-term capital gainと同等に優遇税率で課税される(IRS Pub 550参照)。したがって、Section 1296 stockからの分配についてもcapital gain distribution部分を抽出して相応の扱いができると嬉しいのだが、日本の税制にはこの概念がないため、投資信託の報告書等を見ても分配全体からcapital gain distribution該当部分を特定することは一般には不可能だろう。

一方、return of capitalは、”nondividend distribution”として、投資元本(basis)を減額し、将来の売却時までその分の課税を先送りするという形で働く(IRS Pub 17参照、多少の例外もあるがここでは無視する)。同様の概念は元本払戻金(特別分配金)という形で日本の投資信託にも存在するため、この金額を抽出してsection 1296 stockの場合に適用することは原理的には可能なはずである。ただし、それが正しいのか、正しいとして具体的にどうすればいいのかは筆者にはよくわからない。ただ、乱暴を承知で言えば、通常の分配と同等の扱いにしてその年に税金を払ってしまったとしても、支払う税金を遅らせたり減額させたりすることにはならないので、金銭的に若干不利になることを承知の上でやるなら方針としてはありかもしれない(もちろんその結果に筆者は責任は持てないが…)。

分配金に対してPFICの所在地国(たとえば日本)で徴収されている税金をアメリカ側でforeign tax credit(またはdeduction)として取り返せるかどうかについては、筆者の知るかぎりでは不可能と明記された資料はなく、したがって他の一般株式などの場合と同様に取り返せるとみなすのが自然だと考えている。なお、売却した場合の譲渡益については、section 1291 fundの項で述べたように、相手国が日本の場合は租税条約上アメリカ側でしか課税されないはずなので、foreign tax creditのことは気にする必要はない。

以上のような一般の規則に加えて、日本の居住者時に投資信託を購入してそのまま米国居住者になってしまったような人にとってもっとも助けになるのは、CFR Section 1.1296-1(d)(5)に記載の”transition rule”である。これによれば、1997年12月31日以降に税法上のアメリカ人になった人の場合、Section 1296 stockのadjusted basisは、以下のうちの大きい方となる:

  • 本来の定義によるadjusted basis(つまり取得価格)
  • 税法上のアメリカ人になった最初の税金年度の初日における時価

この場合、そのsection 1296 stockを売却して譲渡益が発生した際には、実際の取得価格と初期のadjusted basisの差分までの譲渡益をcapital gainとして扱うことができる。さらに、総保有期間が1年を超えていれば(条件から考えるとその可能性は高い)、これはlong-term capital gainとなって優遇税率が適用される。Section 1.1296-1(d)(5)(ii)の例で、このことが具体的に説明されている。なお、譲渡益の一部をcapital gainとして扱えるという点については、例ではない公式の規定の中には見い出せなかったのだが、この例は紛れのない形で非常に明確に書かれているので、実質上の規定の一部だと考えてよい(つまり、もしIRSから何か文句を言われたら、ここを参照して反論できる)と思う。cornell.eduの資料では不安という人は.govの方を参照してもいいだろう。

MTM electionをする場合の非常に重大な注意は、税法上のアメリカ人(居住者)になった最初の年(もしくは、あまりないと思うがもしそれ以降の年にPFIC stockを購入した場合はその購入年)のtax returnで選択しないとほぼ無意味ということである(10月15日の延長日まではOK)。後の年度になってからでもelection自体はできるのだが、その場合CFR Section 1.1296-1(i)で述べられているように、electionの年末の価格で売却したとみなした(含み)売却益にSection 1291 fundとしての制度で課税されてしまう。また、IRCやCFRには明記されていないが、上記のtransition ruleも適用できないと思われる。過去のtax returnを(Form 1040-Xで)修正して、遡ってelectionをすることも、少なくとも事実上はできないようである(参考資料のblog)。したがって、アメリカに何年か住んでからはじめてPFIC税制の罠に気がついてしまったという人の場合、残念ながらMTM electionという選択肢は有望ではない。

最後に、MTM electionをした以上は、いずれそのsection 1296 stockをPFIC税制のもとで売却する覚悟が必要である。一度でもadjusted basisの増加による含み益課税が発生してしまうと、そのまま売らずに帰国した場合にその課税分を取り戻す手段がなく、二重課税になりそうだからである。いずれ、と書いたが、基本的にはなるべく早い方がよく、他の条件が許すならelectionをした初年に売ってしまうのが理想だろう。一方で、section 1291 fund税制について書いた、曖昧な”exit tax”の問題はsection 1296 stockにはないはずである。問題のproposed regulationはPFIC stock一般ではなくsection 1291 fundに限定して書かれており、定義によりMTM electionをしたPFICはsection 1291 fundではないからである。このため、adjusted basisによる含み益課税(後の二重課税)さえ発生しないか無視できるなら、保有したまま安心して帰国できるという利点はある。したがって、米国居住が比較的短いことが予想されていて、できればその期間中には売却したくない、という人には難しい選択になるだろう。

PFIC stock保持者はどうすればよいか

PFICにまつわる凶悪な税制の一端が理解できたとして、次に、もしPFIC stockを保持してしまった(ということに気がついてしまった)人はどうすればいいかを考える。

原則としては、「なるべく早く売る」ことにつきるだろう。Section 1291 fundのままで保有し続けると、その分”PFIC prior years”の期間が長くなり、いずれexcess distributionが発生するとその分最高税率での課税という「おしおき」を受ける部分が大きくなってしまう。MTM electionをしたとしても、含み益課税が生じてしまうと、その後帰国することになった場合の二重課税問題に悩むことになるし、そうでなくとも分配金への課税条件はかなり不利である。

また、Form 8621の提出が必要な場合、それを専門家に依頼する場合の費用もバカにならないだろう。筆者の理解では、一般的に、特殊なformの作成にはその分の特別料金を要求される傾向があり、Form 8621の場合、筆者が見聞きした範囲では安くても数百ドルの上のほう、高いと千ドルを超える可能性がある。保有金額にもよるだろうが、これを毎年払うくらいなら(売買そのものについては)多少不利な条件でもさっさと手放すほうが全体では有利ということも多そうである。

ただ、個々人の細かい事情に応じて、具体的にどのように対応すべきかは異なってくるだろう。そこで、いくつかの具体的なケースについて、もう少し細かく考えてみる。

まず、(日本在住時の投資信託を保有しつつ)アメリカの居住者になった初年度のうちにPFICの罠に気がつくことができた人の場合(この記事の記述時点で、居住者になった日が2014年1月以降であればまだ間に合う)。これをさらに以下の2つのケースにわけて考える:

  • 短期(2-3年程度)で帰国予定であり、できればその間保有したままにしたい人: この場合の判断は難しいが、section 1291 fundの税制の項で述べたexit tax問題が気にならないと思えるなら、section 1291 fundのまま保有し、売却しないまま帰国するのがよさそうである。分配金がある程度安定していて、売却もしないのであれば、excess distributionは発生しないので、不利なのは分配金がnon-qualified ordinary dividendとして課税されることだけであり、この点では実質的にMTM electionをした場合と変わりがない。これに対し、MTM electionをしてしまうと、米国居住者の期間中に含み益に課税されるリスクがある。一方、もし、exit tax問題が心配であるなら、米国居住者の期間中に売却するしかないだろう(より厳密には、二重課税のリスクがあるとしても、全体としての損失が少ないならMTM electionを選択することもあり得なくはない)。その場合は次のbullet参照。
  • 上記以外の人: MTM electionをして売却するのがよい。売却自体は必ずしも初年度でなくてもよい(そのほうが望ましいとは思うが)が、electionは初年度にする必要がある。なお、初年度に売却した場合、実務上は、売却が先で、その翌年4月のtax return時にelectionを宣言しつつ譲渡益その他について報告することになる。とくに初年度に売却するような場合だと、electionをせずに売却するのでもさほどの差はないが、pre-PFIC year分の譲渡益がcapital gainになることや、lossの扱いが明確であることなどの点で、MTM electionをする方がbetterであろう。

次に、アメリカの居住者になってから2年目以降にPFICの罠に気が付いてしまった人の場合。まず、明らかに、(提出義務免除の条件に該当しない限り)過去の税金年度分のform 8621の提出が必要になる。その上で、もし比較的近いうちに帰国するのがわかっている場合は、前のケースと同様の判断になるだろう。それ以外の場合は、MTM electionの項で説明したように、初年度を逃すとMTM electionをする意味はほとんどないので、section 1291 fundに対する税制を受け入れた上でできる限りのことをするしかない。そして、その投資信託の騰落に関わらず結局はなるべく早く売るしかないということになりそうだが、もし、曖昧な点の一つであるlossの扱いについて、損失として報告(して控除を受ける)できると思える根拠があり、lossが出そうな時期の見込みがあるなら(あるいは現時点でlossになっているなら)、その時点で売却した上で最大限に控除効果を取るのがいいだろう。現時点で含み益があり、今後値下がりするかどうかもわからない(そのほうが普通だが)場合は、保有し続けるマイナス点だけが確実な情報なので、結局いまの時点で売るのがベストの選択だろう。

最後に、番外的に、現在日本居住で投資信託を保有しており、これからアメリカの居住者になろうとする人の場合(で、この記事に辿り着く人はほとんどいないかとは思うが…): できれば日本にいるうちに売却すべきである。それ自体の不利は当然あるかと思うが、PFIC税制の凶悪さを考えるなら、おそらくきれいなカラダで渡米する方が面倒がなくて全体としては得になることも多いだろう。ただし、前の2つのケース同様、米国居住の期間が比較的短いことがわかっていて、それまでの間の売却をできれば避けたいという場合は、exit taxのリスクを考慮した上でsection 1291 fundとして保有し続けるという選択肢になるだろう。

このブログ記事の配信元:

コメントを追加

認証
半角の数字で画像に表示された番号を入力してください。