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はじめての家

F Fries

アメリカではじめて家を買ったのは、もう十年以上も前、1996年12月。当時はインターネットで家探しをするなどという方法はもちろんなく、頼りは新聞広告と不動産エージェントのみ。ちなみにアメリカの不動産の主流は、日本で言えば「中古住宅」である。「新築」もあるけれど、日本のように「自分の土地に自分の家を建てるのが、男子(女子も?)一生の夢」という考え方はあまりない。

まず「家を買う」と決めたときから、新聞の不動産コラムをせっせと読んで勉強した。すなわちどうやって不動産エージェントを探すか、頭金はどの程度必要か、いったん買うと決めたらどのような手続きが必要か等々。当時メリーランド州(ワシントンDCの郊外)に住んでいたので、取っていた新聞は「ワシントンポスト」だったが、ポスト紙の不動産コラムは非常に充実していたように思う。

1. 不動産エージェント
アメリカでは売る時も買う時もエージェントを立ててやり取りするのが普通である。エージェントの多くは、大手の不動産会社に所属しているが、サラリーではなく、不動産売買のコミッションがこの人たちの収入の源である。フルタイムで働いている男性もいるが、子供の手がかからなくなった主婦がパートタイムでやっていることも多い。コミッションは一般的には売り手が払う。相場は売値の5パーセントから7パーセントくらい。これを売り手と買い手のエージェントが半々に分け、さらにエージェントはその半分を自分の所属する不動産会社に払うのが普通。

さて、このエージェントをどのようにして探すかであるが、新聞などでは、「親戚知人の推薦をもとに、三人以上のエージェントにインタビューして、その中から自分に最適な人を選びましょう。」というのがお定まりの文言である。しかしこちらは地元に親戚知人のいない外国人、同僚もほとんどは似たような状況、となると、運を天に任せて適当に選ぶしかない。

ここでわたしが取った方法は、自分が興味のある物件のオープンハウスを新聞で探し、そのオープンハウスをやっているエージェントと話をしてみる、という方法だった。これは我ながら良いやり方だったと思う。後になって知ったのだが、エージェントによっては超高級住宅しか扱わないエージェントもあるし、また、それぞれの「テリトリー」というのはかなりはっきりあるらしく、自分の得意な地域以外は、あまり手を出したがらないようだ。希望する地域にある家のオープンハウスで出会ったエージェントのおばさんが感じが良かったので、「実はこの物件は買うつもりはないけれど、家を探している。わたしのエージェントになってくれないか」と言ってみたら、喜んで引き受けてくれた。

2. どの地域に絞るか、どういう物件を探すか
幸い、その地域に住んで一年半ほど経っていたので、大体の土地勘はあったし、住んでいれば「人気校区」も掴めてくる。「家を買うときは、たとえ自分に子供がいなくても、人気校区を把握しておくことが肝心です。学校の評判のよい所は、売るときに差がつきます。」という新聞コラムのお勧めをもとに、当時の職場から近く(10マイル以内)、学校の評判がよい地域で、物件としてはタウンハウス、という条件で探した。ちなみに「タウンハウス」というのは、一戸建て住宅を横向きにつなげた、いわゆる「長屋」式住宅である。分譲マンション(英語では「コンドミニアム」)と違い、いちおう小さいながら庭もあるし、上の階、下の階に他所の人が住んでいるというわけでもない。なにしろ家を買うのははじめてで、庭付き一戸建てになると、ちゃんと家の手入れや庭の手入れができるかどうか不安だったけれど、上の階に他所の人が住んでいるのはいや、ということでタウンハウスに絞ったのである。

最初に書いたように、当時はインターネット上で物件を探す、という方法はなく、売りに出ている家屋の情報は、不動産エージェントのみがアクセスできる特殊なデータベースで検索するしかなかった。

3. 予算
とにかく初めてのことで、自分たちの資金でどの程度の家が買えるかよくわからない、とエージェントのおばさんに伝えたら、「ローンはもう決まってるのか」と聞かれた。決まっていない、と答えたら、「知り合いのローンのおばさんを紹介してあげるから、話をしてみなさい。」

指示された通り「ローンのおばさん」に電話してみると、次の日、そのおばさんが書類を抱えて当時わたしたちが住んでいたアパートにやってきた。言われるままに、預金残高、月収、自動車ローンの有無などを書類に記入していく。その日か次の日くらいにエージェントのおばさんから電話がかかってきて、「ローンの件だけど、あなたがたの収入だったら、これこれの額の家が買えるそうよ。その条件で物件をピックアップしてみていいかしら?」

4. 家探し
かくして、エージェントのおばさんに出会って一週間もしないうちに、家探しに出かけることになった。彼女がピックアップした物件は十軒くらいだっただろうか。待ち合わせ場所を決め、そこまで自分の車で行き、そこからエージェントのおばさんの車に乗って次々と物件を回る。物件によっては空き家のこともあれば、人が住んでいることもある。空き家の場合、家の前にロックボックスと呼ばれる箱が下がっており、そこに不動産エージェントのみが知りうるコードを入れると箱が開いて中から家の鍵が出て来る。人が住んでいる家でも、エージェントが「これこれの時間に買い手を連れて行きます」と言うと、ロックボックスを下げて留守にしていることが多い。留守の方が、買い手が遠慮なく見ることができるからである。(この十軒中、家人が在宅だったのは、一軒か二軒くらいだっただろうか。)

5. オファー
十軒だかそこらの家を見て回ったあと、エージェントのおばさんが、「さて、気に入ったのはあった?これがこの地域のあなたの希望条件に適う物件のすべてだけど、気に入ったのがなければ探す地域を広げるか、新しい物件が出るのを待つか、価格帯を変えてみるかしないといけないわね。」

最初の数軒を見た段階では、「こんな、どれもこれも同じように見える家ばっかりで、(タウンハウスに条件を絞ったから、とくにそう思えたに違いない)こんな中から気に入った家が選べるんだろうか?」と不安だったが、不思議なことに、「ひどく心に訴えかける家」というのが一つか二つ、自然と出て来るのである。「運命の赤い糸」で結ばれた家ってのがあるんでしょうね。

で、気に入った家、二軒に絞って、その週の土曜日に再び見学。その日のうちに一軒に絞り、オファー(こういう値段、条件で買いたい、という申し入れ。これが受け入れられると正式の売買契約になる)を入れた。この時に、「アーネスト・マニー」と言って、(冗談じゃなくて)真剣にオファーを入れているんだということを示すために、何千ドルかの小切手を添える。売り手がオファーを受け入れた後、買い手側が勝手な理由で(オファーに入れた条件以外の理由で)契約を破棄すれば、この「アーネスト・マニー」は売り手のものになる。オファー価格は売り手の希望価格である必要はなく、「相場」とにらめっこである。幸いタウンハウスなので、同じコンプレックス内で最近売れた物件の値段を元に、売り手の希望価格よりも少し低めにオファーを出した。(最近売れた物件の値段のデータベースというのも、当時は不動産エージェントでなければアクセスできなかった。)

6. オファーのあと
その晩遅くエージェントのおばさんから電話がかかってきて、「オファーが受け入れられたわよ。次は家の点検をしなくちゃね。」

家の点検というのは、専門の人を呼んで、家の基礎や屋根の具合、電気、上水道の配管、家電機器などの点検をすることである。壁や天井に固定された照明機器、窓のカーテン、コンロ、冷蔵庫、食器洗い器、洗濯機、温水装置などは、基本的には家に属するもので、売り手は普通、こういった家電製品が「ちゃんと動きます」(新品である必要はない)と明言する。ここで何か思いがけない不備が見つかったら、売り主にそれを修理するよう要求したり、それに相当する金額を要求したりすることができる。普通オファーには「このオファーが受け入れられた後、何日以内(普通は五日くらい)に家の点検を行い、その結果、満足のいく状態でなければこの契約を無効にすることができる」という条件が付いている。

このときわたしたちが選んだ家は、築十年ちょっとの建物で、これといった不備はなかった。

あとは、購入価格に合わせてローンを組み、保険をかけ、手続きはおしまい。クロージングを待つのみである。もちろん引っ越し屋の手配やら、電気やガス、電話といった、一般の引っ越しに伴う手続きはあったが、とにかくエージェントのおばさんに出会ってから半月くらいのうちに、「家を買う」手続きのほとんどが終わってしまったのだった。オファーの前、後、合わせて、この家を見た時間は全部で二、三時間(しかもそのほとんどが家の点検のとき)だろうか。アメリカで家を買うって、こんなにあっけないことだったのね。

光熱費のうち、ちょっと面白いのが、「水道代を払う」ことは「自家保有」とほぼ同義語であるということ。アパートや貸家では、普通家主が水道代を払う。(日本人専門に貸しているところでは、借り手が水道代を払わされているところもあるようだけれど。)

7. クロージング
本当に家が自分のものになるのは、「クロージング」の後である。日本語で何と言うのかよく知らないけれど、とにかく不動産の売買が成立したことを証明する書類やら、保有権を証明する書類やら、この物件が何らかの抵当に入っていないことを証明する書類やら、売買が成立したことを国税庁、州、郡の役所に報告する書類に加えて、ローンの書類、火災保険の証明、とにかくひたすら署名の連続である。メリーランドの場合、売り手と買い手が同じ日に不動産専門の弁護士の事務所(これも自分の弁護士がなければ、エージェントが世話してくれる)に行き、そこで書類に署名をした。つまり、ここに至るまでのお膳立てをするのが不動産エージェントの仕事、その下準備が済んだあと、「本物」の書類の世話をするのが弁護士の仕事、というわけである。

かくしてインターネット以前の家の購入というのは、不動産エージェントの助けなしには、なかなか困難なものがあった。

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