前回のポスティングでは、「CFC株式税務簿価の調整選択時の金額制限」にかかわる最終規則を詰めた。しつこいけど、これもCFC合算という新しい概念を起因とする歪にかかわる調整規則。この題材では昨日あれだけ書いたから、もういいかな、と思う反面、余りにDeepな世界なので、ついつい考え続けてしまう。NYCは週末雪という予報が出ていたので、外にも行けない環境を逆手に、家でミルクティーでも飲みながら考え続けようかな~、なんてチョッと贅沢な週末を思い描いていたんだけど、「降るぞ」って前評判が高いストームは大概空振りに終わるっていう例に漏れず、今回もマンハッタンではほぼ雪は降らず、代わりに冷たい氷雨が少し降って、それも終わって落ち着いている。まあ、数多い出張の飛行機のダイヤが乱れないのは助かるんだけど、予想してたようなWhite WeekendっぽいCozyな感じにはならず終い。東京の帰りに一瞬寄ったロサンゼルスも先週は雨が多く、新たなクロスボーダー課税を熟考するにはどこも好環境だったのかもね。
で、氷雨だったので雪ほど熟考に至らなかったけど、考え続けた結果を、氷雨レベルで軽くチョッと共有してみたい。みんなに嫌がられるのはもちろん覚悟の上で。
プラスCFCの株式簿価は高いに越したことはないことから、今回の懸念というか検討の主は、マイナスCFCの株式簿価をどう考えるかというニュアンスが強い。ただ、この点に関して財務省規則にはいくつか納税者フレンドリーな規則が入っている。まず、マイナスCFCが複数あり、プラスCFCの留保所得総額を相殺して余りあるケースでは、どのマイナスCFCのマイナス留保所得をいくら使用したかを米国株主側で特定できる仕組みになっている点。近々に売却が予想されるようなCFCの簿価は敢えて減らしたくないだろうし、簿価減額オプションを選択するケースでもそんなCFCにはできるだけ米国株主側で使用してしまったマイナス額を配賦しない、というオプションがあり得る。
次に、時価と簿価と留保所得の関係。各CFCの株式簿価プラスとマイナスを相殺するというのはあくまでも米国株主側における計算のメカニズムの話しなので、各CFCの価値が変わっている訳ではない。これは今後のGILTI課税も同様。ちなみにGILTIにかかわる簿価調整と課税済所得のルールは今回の留保所得一括課税にかかわる規則とは大きく異なるんで面白い。CFC毎に見ると実際には何も起こっていない状況なので、例えば留保所得一括課税の前段階で、一人の米国株主が、100の価値、留保所得も100、米国株主側で株式簿価がゼロのCFC、そしてゼロの価値、留保所得マイナス100、米国株主側の株式簿価が50のCFCを保有しているとする。その時点でプラスCFCの株式を譲渡すると、100のみなし配当扱い譲渡益が発生する。旧法では実際に配当しても100の配当所得となる。一方マイナスCFCを譲渡すると、50の譲渡損が発生する。譲渡損はキャピタルロスなので配当とは相殺できないとか、みなし配当にはFTCが可能とか、細かい点を除くとネットで50のプラスとなる。仮にマイナスCFCからDebt Financeに基づく分配が可能だとすると、留保所得(=E&P)はマイナスなので、配当に当る部分はなく、通常のSub Cの世界で、50の簿価を取り崩し、超過額があればみなし譲渡益になるはず。
留保所得一括課税では、100と100が相殺されるので、米国株主に課税はない。その時点で、プラスCFCの留保所得は全額「課税済み」(全額965(b) PIT)に生まれ変わり、マイナスCFCのマイナス留保所得には100のプラス調整が行われ、ゼロとなる。テクニカルにはプラスCFCのE&P100はそのままだけど、このE&Pは実質消えてしまったに近い。この時点でプラスCFCを譲渡すると、株式価値は基本変わらないので、100の譲渡益が出る。最終規則に基づくとこの100はみなし配当にはならない。マイナスCFCを譲渡すると、50の損失となる。ネットでは50のプラスが認識され、結果として一括課税の以前の状況と似ている。一括課税で米国株主は何も課税されていないことを考えると、前後で経済的な結果が似ているのは何となく正しい気がする。
で、次に選択をしたケース、しかも規則「案」の考え方に遡り、一旦「To-the-extent規定」を無視して簿価調整をしたとする。その結果、プラスCFCの株式簿価は100となり、マイナスCFCの簿価は50しかないから、みなし譲渡益が50発生する。その後、プラスCFCを譲渡すると、譲渡益はゼロ、マイナスCFCを譲渡するとやはり譲渡益はゼロとなり、蓋を開けてみると、やはり最終的に50のプラスが認識されている。
更に最終規則に規定される「To-the-extent規定」を取り込むと、マイナスCFCの簿価割れは禁止なので、50のみ減額となりマイナスCFCの簿価はゼロとなる。一方、プラスCFCの簿価増額も同額を上限とすることから、50となる。その直後に両社の株式を譲渡すると、プラスCFCに関して50の譲渡益、マイナスCFCではゼロの譲渡益となり、やはりネットではプラス50が認識されている。
そう考えると、どのシナリオでも算数的かつ長期的な経済効果は似ているように見える。もちろん実際には、将来的なCFC株式譲渡、どこからどれだけ米国に分配するか、分配の原資があるか、分配時の源泉税、FTCが取れるか、Capital Lossが想定される場合にはCapital Gainがあるか、その他、とても複雑かつ複合的な分析に基づいてどのオプションが各社にとってベストとなるかが決まる。どう考えても、選択した瞬間にみなし譲渡益が発生するようなオプションは選択するべきでないだろう。
財務省側の懸念として考えられるのは、マイナスCFCの100を利用して、プラスCFCの留保所得一括課税をシェルターした訳だから、そのマイナス100の恩典を直接・間接に部分的にでも同じ米国株主が再度、享受するようなことがないように、っていう損失の二重利用だろう。例えば、最初のシナリオで何の選択もしない場合、マイナスCFCの株式のみを譲渡すると、50の損失が出る。もし仮に同時にプラスCFC株式も譲渡すると100の譲渡益が出て、きれいにネット50のプラスとなるけど、そんなことは稀で、50の損失だけを認識してプラスCFCは今後長らく保有し続けるケースも十分に想定される。規則案の選択では、マイナスCFCに関していきなりみなし譲渡益が50認識されてしまい、プラスCFCの株式譲渡を行い、ゼロ譲渡益の恩典を享受するまで、納税者側から見ると辻褄が合わない。最終規則の考え方では、マイナスCFCの簿価をゼロとすることで、マイナスCFC株式譲渡の際の損失恩典は封じ込むことができる。これが最終規則で「To-the-extent規定」を認めた背景・バランス感覚なんだろうか。何もしてないのにみなし譲渡益が出るのはかわいそう、って思ってくれてる反面、損失の時間差も含めた二重利用は許したくない、っていう微妙なバランスをどこで見つけるか、っていうのはこの上なくアーティスティックな検討だ。
上の連結納税していない米国株主が一社で2社のみのCFCを保有しているという非現実的な単純例を見ただけでも、全ての局面で合理的となるパーフェクトルールを策定するのが不可能だということが分かる。現実の世界では100社以上のCFCを保有するケースは珍しくなく、各納税者の事実関係に基づき、変動要素が余りに多い。したがって、超複雑な検討を強いられることは火を見るよりも明らかで、みんなにとってパーフェクトとなるルールを策定するのは不可能。となると、ルールはどれだけ「不完全度合いが少ないか」という尺度に基づき、最終的な落としどころを見つけるしかなくなる。そのような「Close Call」というか、ギリギリの判断を短時間に強いられる中、財務省が公表する規則は実に思慮深い。法曹界・Big 4その他からの強力なインプットがあるとは言え、複雑な税法全体をDeepに理解していないとこんな規則策定できるもんじゃない。米国財務省の実力は凄い、って感心し続ける今日この頃でした。
で、氷雨だったので雪ほど熟考に至らなかったけど、考え続けた結果を、氷雨レベルで軽くチョッと共有してみたい。みんなに嫌がられるのはもちろん覚悟の上で。
プラスCFCの株式簿価は高いに越したことはないことから、今回の懸念というか検討の主は、マイナスCFCの株式簿価をどう考えるかというニュアンスが強い。ただ、この点に関して財務省規則にはいくつか納税者フレンドリーな規則が入っている。まず、マイナスCFCが複数あり、プラスCFCの留保所得総額を相殺して余りあるケースでは、どのマイナスCFCのマイナス留保所得をいくら使用したかを米国株主側で特定できる仕組みになっている点。近々に売却が予想されるようなCFCの簿価は敢えて減らしたくないだろうし、簿価減額オプションを選択するケースでもそんなCFCにはできるだけ米国株主側で使用してしまったマイナス額を配賦しない、というオプションがあり得る。
次に、時価と簿価と留保所得の関係。各CFCの株式簿価プラスとマイナスを相殺するというのはあくまでも米国株主側における計算のメカニズムの話しなので、各CFCの価値が変わっている訳ではない。これは今後のGILTI課税も同様。ちなみにGILTIにかかわる簿価調整と課税済所得のルールは今回の留保所得一括課税にかかわる規則とは大きく異なるんで面白い。CFC毎に見ると実際には何も起こっていない状況なので、例えば留保所得一括課税の前段階で、一人の米国株主が、100の価値、留保所得も100、米国株主側で株式簿価がゼロのCFC、そしてゼロの価値、留保所得マイナス100、米国株主側の株式簿価が50のCFCを保有しているとする。その時点でプラスCFCの株式を譲渡すると、100のみなし配当扱い譲渡益が発生する。旧法では実際に配当しても100の配当所得となる。一方マイナスCFCを譲渡すると、50の譲渡損が発生する。譲渡損はキャピタルロスなので配当とは相殺できないとか、みなし配当にはFTCが可能とか、細かい点を除くとネットで50のプラスとなる。仮にマイナスCFCからDebt Financeに基づく分配が可能だとすると、留保所得(=E&P)はマイナスなので、配当に当る部分はなく、通常のSub Cの世界で、50の簿価を取り崩し、超過額があればみなし譲渡益になるはず。
留保所得一括課税では、100と100が相殺されるので、米国株主に課税はない。その時点で、プラスCFCの留保所得は全額「課税済み」(全額965(b) PIT)に生まれ変わり、マイナスCFCのマイナス留保所得には100のプラス調整が行われ、ゼロとなる。テクニカルにはプラスCFCのE&P100はそのままだけど、このE&Pは実質消えてしまったに近い。この時点でプラスCFCを譲渡すると、株式価値は基本変わらないので、100の譲渡益が出る。最終規則に基づくとこの100はみなし配当にはならない。マイナスCFCを譲渡すると、50の損失となる。ネットでは50のプラスが認識され、結果として一括課税の以前の状況と似ている。一括課税で米国株主は何も課税されていないことを考えると、前後で経済的な結果が似ているのは何となく正しい気がする。
で、次に選択をしたケース、しかも規則「案」の考え方に遡り、一旦「To-the-extent規定」を無視して簿価調整をしたとする。その結果、プラスCFCの株式簿価は100となり、マイナスCFCの簿価は50しかないから、みなし譲渡益が50発生する。その後、プラスCFCを譲渡すると、譲渡益はゼロ、マイナスCFCを譲渡するとやはり譲渡益はゼロとなり、蓋を開けてみると、やはり最終的に50のプラスが認識されている。
更に最終規則に規定される「To-the-extent規定」を取り込むと、マイナスCFCの簿価割れは禁止なので、50のみ減額となりマイナスCFCの簿価はゼロとなる。一方、プラスCFCの簿価増額も同額を上限とすることから、50となる。その直後に両社の株式を譲渡すると、プラスCFCに関して50の譲渡益、マイナスCFCではゼロの譲渡益となり、やはりネットではプラス50が認識されている。
そう考えると、どのシナリオでも算数的かつ長期的な経済効果は似ているように見える。もちろん実際には、将来的なCFC株式譲渡、どこからどれだけ米国に分配するか、分配の原資があるか、分配時の源泉税、FTCが取れるか、Capital Lossが想定される場合にはCapital Gainがあるか、その他、とても複雑かつ複合的な分析に基づいてどのオプションが各社にとってベストとなるかが決まる。どう考えても、選択した瞬間にみなし譲渡益が発生するようなオプションは選択するべきでないだろう。
財務省側の懸念として考えられるのは、マイナスCFCの100を利用して、プラスCFCの留保所得一括課税をシェルターした訳だから、そのマイナス100の恩典を直接・間接に部分的にでも同じ米国株主が再度、享受するようなことがないように、っていう損失の二重利用だろう。例えば、最初のシナリオで何の選択もしない場合、マイナスCFCの株式のみを譲渡すると、50の損失が出る。もし仮に同時にプラスCFC株式も譲渡すると100の譲渡益が出て、きれいにネット50のプラスとなるけど、そんなことは稀で、50の損失だけを認識してプラスCFCは今後長らく保有し続けるケースも十分に想定される。規則案の選択では、マイナスCFCに関していきなりみなし譲渡益が50認識されてしまい、プラスCFCの株式譲渡を行い、ゼロ譲渡益の恩典を享受するまで、納税者側から見ると辻褄が合わない。最終規則の考え方では、マイナスCFCの簿価をゼロとすることで、マイナスCFC株式譲渡の際の損失恩典は封じ込むことができる。これが最終規則で「To-the-extent規定」を認めた背景・バランス感覚なんだろうか。何もしてないのにみなし譲渡益が出るのはかわいそう、って思ってくれてる反面、損失の時間差も含めた二重利用は許したくない、っていう微妙なバランスをどこで見つけるか、っていうのはこの上なくアーティスティックな検討だ。
上の連結納税していない米国株主が一社で2社のみのCFCを保有しているという非現実的な単純例を見ただけでも、全ての局面で合理的となるパーフェクトルールを策定するのが不可能だということが分かる。現実の世界では100社以上のCFCを保有するケースは珍しくなく、各納税者の事実関係に基づき、変動要素が余りに多い。したがって、超複雑な検討を強いられることは火を見るよりも明らかで、みんなにとってパーフェクトとなるルールを策定するのは不可能。となると、ルールはどれだけ「不完全度合いが少ないか」という尺度に基づき、最終的な落としどころを見つけるしかなくなる。そのような「Close Call」というか、ギリギリの判断を短時間に強いられる中、財務省が公表する規則は実に思慮深い。法曹界・Big 4その他からの強力なインプットがあるとは言え、複雑な税法全体をDeepに理解していないとこんな規則策定できるもんじゃない。米国財務省の実力は凄い、って感心し続ける今日この頃でした。
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